
いっしょに霊的摂理・真理を学んで人生の目的を知り、
共に限りある今生を力強く活きませんか。
開催日/2026年9月1日(火)
時 間/午後6時30分~8時00分
(事前予約不要でどなたでも参加できます。入退出自由。途中約30分間のフリートークを兼ねたトイレ休憩あり)
場 所/大阪市立生涯学習センター
TEL: 06-6345-5000(代)
大阪市北区梅田1-2-2-500
大阪駅前第二ビル5階
アクセス案内:
https://osakademanabu.com/umeda/access
内 容/「シルバーバーチの霊訓」
第三巻 八章 “シルバーバーチからの質問”
& 九章 “人間的思念と霊的思念”
(スピリチュアリズム普及会発行)
〔読書会に参加するには〕
持参品/なし。資料は会場に準備しております。
参加費/資料も含めて全て無料。
主 催/大阪シルバーバーチの会 亀水忠茂
(元大阪歯科大学教員 70才代)
[注意事項]
・読書会場、及び会場付近での特定の宗教や信仰、グループ、セミナー等への勧誘行為を行うことは禁止します。主催者の指示に従わない場合は退場していただきます。
私たちのこの地上世界は、今各地で戦争が勃発し、国を挙げて殺戮が行われています。
また、豊かであるはずの日本社会においても、陰湿なイジメによる自殺や、鉄道人身事故などあとを絶たず、連日の如く報道される若い女性の殺害など、悲惨な事件も数え上げればきりがありません。このように世の中は悪が堂々と横行しているようで、これではテレビのニュースを見るのも嫌になってしまいます。
他方、子供人口の約8%を占めると言われている自閉スペクトラム症などの神経発達症の問題も米国に遅れて大きくクローズアップされ、社会的な課題とされてきております。
このように私たちの世界は、苦難の多いとても生きにくい人生となっております。
そんな中にあって、"私"とは何なのか、"人生の目的"とは一体何なのかを真剣に考えざるをえません。
私は「シルバーバーチの霊訓」の中にその答えを見出しました。英国で約60年間にわたり語られてきたその摂理(宇宙の法則)の話を通して、この読書会・相談室が心配、不安、恐れを抱えて生きておられる方の助けとなりましたら幸いです。
[読書会の特長]
・読書会ですが輪読と講義形式の勉強会です。
・読書会の流れは、瞑想 → 輪読 → 講師解説 → 質疑応答です。(途中休憩・相談時間あり)
・読書会は宗教団体ではなく、また信仰的な雰囲気は一切ありません。
・「シルバーバーチの霊訓」を通して霊的真理を学びたい方や相談があれば、参加条件は定めず誰でも気軽に参加できる形式をとっております。
(そのため参加者にはいろいろな考え方の人が参加しており、思想的・宗教的バックグランドもさまざまです。)
“霊的な視点で見ておられないからです。 (中略) 私に言わせれば、むしろその荒野に叫んだ時期がなかったら、その方の存在価値は今ほど大きくなかったろうと思われます。真理探究に没頭した年月――追及してはつまずき、倒れては起き上がり、間違いを犯しながら遂にそれまでの信仰が真実とは似て非なるものであることを思い知らされることになった――そうした体験がその人の魂の発達の掛けがえのない要素となっているのです。 (中略) いかなる障害が地平線に浮かんでも、まるで魔法のように消されてしまうような人生を送っていては、未発達で、何の試練も体験しない、幼稚な霊をこしらえることにしかなりません。” P129
“大半の人間は地上だけが人間の住む世界だと考えています。(中略) 戦争、流血、悲劇、病気の数々も元はと言えば人間が今その時点において立派に霊的存在であること、つまり人間は肉体のみの存在ではないという生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。人間は肉体を通して自我を表現している霊魂なのです。それが地上という物質の世界での生活を通して魂を成長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです。” P143
“夜明け前に暗黒があるように、魂が輝くには暗闇の体験がなくてはなりません。
そんな時、大切なのはあくまでも自分の責務を忠実に、そして最善を尽くし、自分を見守ってくれる神の力に全幅の信頼を置くことです。”
「シルバーバーチの霊訓」一巻 P62(スピリチュアリズム普及会発行)
“恐怖心こそ人類最大の敵です” (苦しみ・試練)(2026.7.06)
文書の最後に記された( )内は、すべて「シルバーバーチの霊訓」一巻~三巻(スピリチュアリズム普及会発行)からの引用の巻数です。
なお、霊訓中の“者”や“あなた方”は、すべて“あなた”に置き換えています。
[タイトル]
● 総論
Ⅰ.人間の進化のために、成功と挫折の双方を体験するという法則が仕組まれた
Ⅱ.例外なく絶対に避けられない人生の悩み
● 各論
① なぜ恐れや悲しみがあるのか
② たとえ霊的知識があっても無くならない恐怖心
③ 恐怖心に対するシルバーバーチのコメント(霊的摂理)
④ 恐怖心をもたなくてもよい根拠
⑤ このシルバーバーチのコメントをいかに日常生活で実践するか
⑥ 物事のとらえ方の転換(常に意識して物的尺度から霊的尺度へ)
⑦ 高級界から霊的な力やインスピレーションを直接得るには
● 恐怖心、不安の念への対処法
● マトメ
霊的知識を携えて霊的理解の中で生きることです。
● 総論
Ⅰ.人間の進化のために、成功と失敗の双方を体験するという法則が仕組まれた
“霊的知識を手にしたあなたは挫折も失敗も神の計画であることを悟らなければなりません。
陰と陽、作用と反作用は正反対であると同時に一体不離のもの、言わば硬貨の表と裏のようなものです。表裏一体なのですから、片方は欲しいがもう一方は要らない、というわけにはいかないのです。人間の進化のために、そうした表と裏の体験、つまり成功と挫折の双方を体験するように仕組まれた法則があるのです。神性の開発を促すために仕組まれた複雑で入り組んだ法則の一部、言わばワンセット(一組)なのです。
そうした法則の全てに通暁することは人間には不可能です。どうしても知り得ないことは信仰によって補うほかはありません。盲目的な軽信ではなく、(霊的)知識を土台とした信仰です。(霊的)知識こそ不動の基盤であり、不変の土台です。
宇宙の根源である霊についての永遠の真理は、当然、その「霊の力」に対する不動の信念を産み出さなくてはなりません。そういう義務があるのです。それも一つの法則(霊的真理)です。” (一巻)P62
Ⅱ.例外なく絶対に避けられない人生の悩み
“この交霊会に出席される方々が、もしも私の説く真理を聞くことによって楽な人生を送れるようになったとしたら、それは私が神から授かった使命に背いたことになります。私どもは人生の悩みや苦しみを避けて通る方法をお教えしているのではありません。それに厳然と立ち向かいそして克服し、そしていっそう力強い人間となってくださることが私どもの真の目的なのです。苦難から何かを学び取るように努めることです。耐えきれないほどの苦難を背負わされるようなことは絶対にありません。なんらかの荷を背負い、困難と取り組むということが旅する魂の本来の姿なのです。それはもちろん楽なことではありません。しかし魂の宝はそうやすやすと手に入るものではありません。もしも楽に手に入るものであれば、なにも苦労する必要などないでしょう。痛みと苦しみのさなかにある時はなかなかその得心がいかないものですが、必死に努力し苦しんでいる時こそ、魂にとっていちばんの薬(肥料)なのです。
私どもはいくらあなたのことを思っていても、あなたが重荷を背負い悩み苦しむ姿をあえて手をこまねいて傍観するほかない場合がよくあります。そこから教訓を学び取り霊的に成長してもらいたいと願い祈りながらです。” (一巻)P52
● 各論
①[なぜ恐れや悲しみがあるのか]
“魂という純金も、悲しみや苦しみの試練を経ないと(魂は)出てこないのです。それ以外に方法がないのです。” (一巻)P56
苦しみや困難に出会うとき、私たちは心配や不安、悲しみや恐れの思いを抱かずにはいられません。
しかしシルバーバーチは、「一片たりとも恐れてはならない」と、何度も繰り返し、強い調子で私たちに訴えかけています。
では、なぜ私たちは恐れる必要がないのでしょうか。
それは、その裏づけとなる確かな担保があるからです。
すなわち、宇宙を創造し支配している神の力である霊力と、霊界からの支援・導き・インスピレーションを、私たちは大霊の分霊である「神の子」として、直接受け取ることができるからです。
たとえ今の苦しみや悲しみが、あなたの望むような結果にならなかったとしても、その困難を克服していく過程を通して、あなたはより一層賢明で力強い人間となり、今回の地上人生の真の目的である「神性、すなわち霊性の開発」へと繋がっていくのだと、シルバーバーチは語っています。
だからこそ、霊的成長という真の目的を達成するためには、地上人生において困難や試練がどうしても必要であり、それを体験するために、私たちはあえて地上に生まれてきたのです。
困難や試練は、決して避けて通ることのできない「ツール」であり、霊性を鍛え、神性を引き出すための尊い道具なのです。
“その違いが分かるのは相対的だからです。しかし実は両者は一本の棒の両端にすぎないのです。元は一つなのです。しかしその一つを理解するには両端を見なければならないのです。それが人生です。光と闇の両方がなければなりません。温かさと寒さの両方がなければなりません。喜びと悲しみの両方がなければなりません。自我を悟る(霊的覚醒)にはこうしたさまざまな経験が必要です。” (一巻)P72
②[たとえ霊的知識があっても無くならない恐怖心]
シルバーバーチがどれほど強く「心配してはいけない」と繰り返し語り続けていても、私たちの心から漠然とした不安や心配の念が、なかなか消え去ることはありません。
その理由は、不安がすでに私たちの習い性となり、一人ひとりの心の奥深く、潜在意識下にまで頑固に根を下ろしてしまっているからです。
たとえ霊的知識があっても消えない恐怖心や不安・心配の念の原因は、法則を通してこの世界を支配している神と、その法則を維持し経綸している神の力、すなわち霊の力の働きを、心の底から真に信じきれていないところにあります。
さらにもっと具体的に言えば、霊訓そのものを信じていないということになります。
それは、たとえ「我とは霊魂なり」と一応目覚めていたとしても、あまりにもリアルなこの物質世界のただ中で、粗い波動のみに反応する五感という知覚では、精妙な波動領域である霊界を感じ取ることができないからです。
そのため、霊的知識としては頭で理解しているつもりでも、霊的実在の実感がまったく湧かないのです。
ちょうど、日常のさまざまな出来事という厚い雲によって、その背後に広がる山並みである霊界が、すっぽりと覆い隠されて見えなくなっているのに似ています。
とりわけ、不安や心配の念を抱いているときには、周囲は一層、厚い雨雲や霧、モヤに覆いつくされてしまっています。
そのため、厚い雲の向こうには太陽とすばらしい青空の世界、霊界がすぐそばに広がっていることに、私たちはまったく気がつかないのです。
心配や不安に取りつかれているときは、まさに出口の見えないトンネルの穴倉の中で暮らしているようなものです。
“太陽の輝きが拝めるはずの人間がローソクの灯りしか知らないとは、何という愚かしいことでしょう。” (三巻)P121
③[恐怖心に対するシルバーバーチのコメント(霊的摂理)]
“私は宇宙を創造した力に満腔(まんこう)の信頼を置きます。
あなたはいったい何を恐れ、またなぜに神の力(霊力)を信じようとしないのです。
宇宙を支配する全能なる神になぜ身を委ねないのです。
あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。
神の心をわが心とするのです(神の心にすべて我が身を委ねること)。心の奥を平静に、そして穏やかに保ち、しかも自信をもって生きることです。そうすれば自然に神の心があなたを通して発揮されます。
愛の心と叡智をもって臨めば、何事もきっと成就します。
聞く耳をもつ者のみが神の声(霊的摂理・叡智)を聞くことができるのです。
愛がすべての根源です。 (中略) 愛こそ神の摂理の遂行者です。
霊的真理を知ったあなたは一片の恐怖心もなく毎日を送り、いかなる悲しみ、いかなる苦難にも必ずや神の御加護があることを一片の疑いもなく信じることができなければいけません。
苦難にも悲しみにも挫けてはなりません。なぜなら霊的な力(神の力)はいかなる物的な力にも勝るからです。恐怖心こそ人類最大の敵です。 (中略) つとめて恐れの念を打ち消すことです。
(霊的)真理を知ったあなたは常に冷静に、晴れやかに、平静に、自信に溢れ、決して取り乱すことがあってはなりません。霊の力はすなわち神の力であり、宇宙を絶対的に支配しています。ただ単に力が絶対というだけではありません。絶対的な叡智であり、絶対的な愛でもあります。生命の全存在の背後に神の絶対的な影響力が控えているのです。” (一巻)P60
④[恐怖心をもたなくてもよい根拠]
同じことの繰り返しになりますが、霊的摂理の視点からシルバーバーチは、「あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去りなさい」と語っています。
その根拠となる揺るぎない担保として、宇宙を絶対的に支配している神の力、すなわち霊の力が、霊界の守護霊・指導霊を通して私たちを護り導いているという霊的摂理が、厳然たる真理・法則として存在しているからだと述べています。
“私たちが提供するのは「霊の力」です。あらゆる困難を克服し、障害を乗り越えて、真理の光と叡智と理解力を顕現せしめ、神の子等に恒久的平和を築かせることができるのは、「霊の力」をおいてほかにないのです。” (三巻)P62
大霊とは神のことであり、法則(摂理)として顕現し、宇宙を創造し、維持し、経綸しています。
また「霊の力」とは「神の力」のことであり、したがって法則同様、霊力は神そのものと言えます。霊力は生命エネルギーそのものなのです。
そしてその霊力が、霊界も含めたこの大宇宙において森羅万象をはじめ、あらゆる形や現象として千差万別に顕現しているのです。
この大宇宙の中で地球という砂粒のような惑星に高々100年足らず存在している人間のささやかで、しかも常に揺れ動く人間の浅はかな考えや恐れ、心配や不安、さらには恋愛感情や信頼関係などとは異なり、神の揺るぎない、不変不動の真の愛が、この大宇宙の法則を遂行しているのです。
その法則を通して誰に対しても公平に働いている神の信頼性と誠実さ、そして優しさには、一片の疑いの余地もありません。
その法則のもとで生かされている私たち自身の知識には、おのずと限界があります。ゆえに、永遠不変の霊的摂理、すなわち宇宙を経綸している法則に対して、反発したり、不信感や疑念を抱く余地など、本来まったくないのです。
そのため、どうしてもわからないことについては、霊的知識に基づいて「霊の力」を信じる信念(信仰)が強く求められています。
そこで、宇宙の法則・霊的摂理は永遠に不滅不変であるという信念をしっかりと保ち、その摂理を通して顕現している神とその神の力に、全幅の信頼を置くことが大切です。
そして、その証として、霊的摂理に順応する生き方、すなわち霊的なものを信じるという信仰も含めて実践していくことです。
“進み行く道を問題が過(よぎ)ることがあるかも知れません。が、そのまま過っていってしまいます。そこに居座ることはありません。解決できないほど難しい問題は生じません。背負えないほど重い荷を背負わされることはありません。取り越し苦労をしてはいけません。
明日がもたらすものに不動の信念と断固たる精神で立ち向かいなさい。万事うまくいきます。” (三巻)P117
ここまで語られてきた霊的真理を、あなたが今知ったということは、一片の恐怖心も抱くことなく毎日を過ごし、常に平静で穏やかであるとともに、自信にあふれて生きることに努め、努力しなければならないという責任が生じたことを意味します。
ここでいう「自信にあふれて生きる」とは、自分自身に対する自信ではなく、霊界から常時、守護霊や指導霊による護りと導きなど、「霊的な力」の支援をいただけるという「確信」に基づく自信のことです。聖書の中でナザレのイエス自身もそう語っています。
そして、どのような状況にあっても冷静で晴れやかであり、決して取り乱すことがあってはならないという、この霊的知識を日常生活の中で堅く信じ、真剣に実践していく義務が生じてきます。その義務もまた一つの法則であると、シルバーバーチは語っています(一巻 P62 )。
そうすることによって、支援や導きなども霊的摂理に基づいて得られ、霊力によって運命を拓いていくことができるようになります。
“霊的真理を日常生活のすべてに生かすことです。 (中略) 要するに、私たちの説く宗教は実践の宗教です。一日一日の宗教――一日二十四時間、一時間六十分、一分六十秒、その全てを(霊的摂理の)実践の時とする宗教です。” (三巻)P83
まさに、この霊的摂理を実践することによって、霊訓で語られていることが真実であるという「確信」を数多く体験する中で、少しずつ「霊的な力」に対する「不動の信念」が育まれていくのです。
この「霊的な力」に対する「不動の信念」は、決して短時間に得られるほど容易なものではありません。この歩みは、生涯にわたる修行でもあると言ってよいでしょう。
⑤[このシルバーバーチのコメントをいかに日常生活で実践するか]
それでは、一体どうすれば「人類最大の敵である恐怖心」を打ち消すことができるのでしょうか。
言い換えれば、せっかく霊的知識を持ちながらも、霊的真理を堅く信じ、日常生活の中で実践することが、なぜそれほどまでに難しいのでしょうか。
一つには、霊的世界や霊的真理についての霊的知識が、唯物科学万能の現実の地上世界からは、一見あまりにもかけ離れた内容であるためです。
その結果、霊的世界をまるで物語の中の出来事であるかのように、無意識のうちにフィクションとして受け取り、潜在意識下の「物語の箱」という倉庫の中に、無意識かつ自動的にしまい込んでしまっているのです。
いわばその霊的知識は、決して日常生活で活用されることのない「不良在庫」と化してしまっているのです。
これとは真逆に、過去のいやな出来事や失敗は、ふつふつと夢の中や顕在意識上に、いつまでたっても折にふれ湧き上がってきます。
さらにまた私たちは、“朝目を覚まし、まだ意識が完全に働かないうちから、あれやこれやと煩わしいことや心配事の波にのみ込まれていきます。 (中略) いずれにせよ全ては一時的なものにすぎないのですが、そういうものに心を奪われてしまうと、背後で霊が働いてくれている事実を忘れ、あなたの思考の流れの中から霊的要素を閉めだしてしまい、霊的流入を遮断する一種の壁をこしらえてしまいます。これは真理普及の仕事に携わる人にもよくある話なのです。” (一巻)P70
以上、この二つの要因によって信念のなさが生じ、日常生活で霊的摂理が実践できず、心配や不安が絶えない主要な原因となっているのです。
そこで、この大宇宙を創造し、不滅不変の厳然たる法則によって経綸しておられる神と、その神の力である霊的な力を、あなたがどれほど信頼し、どこまで堅く信じきることができるのか。すべては、そこにかかっていると言ってもよいでしょう。
しかしながら、そのためには霊的摂理を実践し、霊的な体験を数多く重ねるという裏づけが、どうしても「確信」には必要不可欠となってきます。
この霊の世界については、空想上の話として受け取るか、それとも真に実在の世界の話として受け取るのか。どちらの道を選ぶかは、自己責任に委ねられています。
シルバーバーチによると、それを受け入れる時機、すなわち霊性レベルがその段階に来ていなければ、霊的摂理は決して受け入れることのできない知識であると語っています。
“霊的なことを知っていながらそれが実生活における行為にまるで反映していない人が多すぎます。難しいことかも知れませんが、人間は一人の例外もなく今の時点において霊の世界に住んでいること、決して死んでから霊になるのではないということをしっかりと認識してください。死ぬということはバイブレーションの問題、つまり波長が変わるということにすぎないことを認識してください。知覚が変わるだけのことと言ってもよろしい。” (三巻)P44
⑥[物事のとらえ方の転換](常に意識して物的尺度から霊的尺度へ)
“地上生活では勝者がいれば敗者がいるわけですが、霊性に目覚めたあなたはそのいずれによっても惑わされてはなりません。やがてはその人間的尺度(物的尺度)があなたの視野から消える時(他界)がきます。その時は永遠の尺度(霊的尺度)で判断することができるようになるでしょう。” (一巻)P82
“霊的に見て、あなたにとって何がいちばん望ましいかは、あなた自身には分かりません。
もしかしたら、あなたにとっていちばん嫌なことが実は、あなたの祈りに対する最適の回答であることもあり得るのです。ですから、なかなか難しいことではありますが、物事は物的尺度ではなく霊的尺度で判断するように努めることです。というのは、あなたにとって悲劇と思えることが、私どもから見れば幸運と思えることがあり、あなたにとって幸福と思えることが、私どもから見れば不幸だと思えることもあるのです。
祈りにはそれなりの回答が与えられます。しかしそれは必ずしもあなたが望んでいるとおりの形ではなく、その時のあなたの霊的成長にとっていちばん望ましい形で与えられます。
神は決して我が子を見捨てるようなことはいたしません。しかし神が施されることを地上的なモノサシ(物的尺度)で批判することはやめなくてはいけません。” (一巻)P58
このように、あなたの祈りに対する回答は、必ずしもあなたの望むとおりの形で実現しないかもしれません。
しかしながら、霊的視点という長い目で見れば、今は決して理解できないことであっても、あなたにとって必ず真に良い方向へと導かれていることに、後になって気づくものです。
なぜなら、神性の開発・霊的成長こそが、出生にあたってあなた自身があらかじめ計画してきた、今生におけるあなたの本当の目的だからです。
“その力、宇宙を動かす無窮の力(神の力・霊の力)に身を任せましょう。誤ることのないその力を信じることです。解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。” (一巻)P59
⑦[高級界から霊的な力やインスピレーションを直接得るには]
“各自に守護霊がいることは事実ですが、ではその事実を本当に自覚している人が何人いるでしょうか。自覚がなければ、無意識の心霊能力をもち合わせていないかぎり守護霊は働きかけることはできません。霊の地上への働きかけはそれに必要な条件を人間の方が用意するかしないかに掛かっています。霊の世界と連絡のとれる条件を用意してくれれば、身近な関係にある霊(守護霊・指導霊)が働きかけることができます。
よく聞かされる不思議な体験、奇跡的救出の話はみなそれなりの条件が整った時のことです。条件を提供するのは人間の方です。人間の方から手を差し述べてくれなければ、私たちは人間界に働きかけることができないのです。” (二巻)P209
“恐怖心、信念の欠如、懐疑の念は、折角の霊的雰囲気をかき乱します。私たち霊は信念と平静の雰囲気の中において初めて人間と接触(インスピレーション)できるのです(注)。
恐れ、疑惑、心配、不安、こうした邪念は私ども霊界の者が人間に近づく唯一の道を閉ざしてしまいます。” (一巻)P62
(注)“インスピレーションというものはいつの時代にも変わらぬ顕と幽とをつなぐ通路です。 (中略) 無限の宝庫からの叡智が(インスピレーションによって)地上へ注がれたのです。” (三巻)P100
“人間がインスピレーションにあずかるチャンスはいくらでもあります。ところが、取り越し苦労、疑念、不安、こうした邪念が障害となっています。そういう念が心に宿るスキを与えてはなりません。” (三巻)P118
“内部に宿された神性を発揮しさえすれば――高級界から受ける霊力とインスピレーションを活用する霊的法則さえ身につければ、神が意図された通りの生き方ができるようになります。” (三巻)P80
“そしていったん霊的知識に目覚めると、その時からあなたはこの宇宙を支配する神と一体となり、その美しさ、その輝き、その気高さ、そして厳しさを発揮しはじめることになるのです。
そしていったん身につけたら、もう二度と失うことはありません。それを機に霊界との磁気にも似た強力なつながりが生じ、必要に応じて霊界から力なり影響なり、インスピレーションなり、真理(叡智)なり、美なりを引き出せるようになります。魂が進化しただけ、その分だけ自由意志(霊的自由・霊的能力)が与えられます。” (一巻)P64
“そうしてあなた一人の魂の静寂の中に引きこもることです(瞑想・無念無想)。一切の世間的喧噪を忘れることです。そして身のまわりに澎湃として存在する霊的生命の幽(かす)かな、そして霊妙なバイブレーション(インスピレーション)を感得なさることです。そうすれば人間が物的身体を超越できることを悟られるでしょう。
(霊的)知識に目覚めることです。理解力を開くことです。いつまでも囚人であってはなりません。(霊的)無知の監獄から抜け出して、霊的自由の光の中で生きることです。”(三巻)P78
● 恐怖心、不安の念への対処法
“夜明け前に暗黒があるように、魂が輝くには暗闇の体験がなくてはなりません。
そんな時、大切なのはあくまでも自分の責務を忠実に、そして最善を尽くし、自分を見守ってくれる神の力に全幅の信頼を置くことです。” (一巻) P62
そしてまた、次の二つの霊訓の言葉を常に思い出すようにしましょう。
“解決できないほど難しい問題は生じません。背負えないほど重い荷を背負わされることはありません。”
(三巻)P119
“あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。神の心をわが心とするのです。”
(一巻)P60
● マトメ
“地上生活に何一つ怖いものはありません。取り越し苦労は大敵です。生命力を枯渇させ、霊性の発現を妨げます。不安の念を追い払いなさい。真実の愛(神への信頼)は恐れることを知りません。その愛が宇宙を支配しているのです。そこに恐怖心が入る余地はないのです。それは(霊的)無知の産物にほかなりません。つまり知らないから怖がるのです。
ですから(霊的)知識を携えて霊的理解の中に生きることです。取り越し苦労の絶えない人は心のどこかにその無知という名の暗闇があることを示しています。そこから恐怖心が湧くのです。人間が恐るべきものは恐怖心それ自体です。恐怖心は闇の産物です。霊力(神の力)に不動の信念をもつ魂は恐れることを知りません。” (一巻)P73
※今回の寸感は大変長い文書となりましたが、数回読み返す程度では決して理解できず、また身につくものではありません。
自らの意識の一部となりきるまで、何度も何度も霊訓を読み返すことが必要となります。
ここに書かれてある霊的摂理という最高の霊的宝に今出会ったということは、決して偶然の出来事ではないということを、私自身も含めてしっかりと認識する必要があります。

