大阪シルバーバーチの会 亀水忠茂

大阪シルバーバーチ読書会のご案内
人生に疲れた方、心配、不安の絶えない方、
いっしょに霊的摂理・真理を学んで人生の目的を知り、
共に限りある今生を力強く活きませんか。

第94回読書会

開催日/2018年7月3日(火)

時 間/午後7時~8時30分

場 所/大阪市立生涯学習センター会議室で

      開催します。

      大阪市北区梅田1-2-2-500 
      大阪駅前第二ビル 5階 
      電話 :06-6345-5000

内 容/「シルバーバーチの霊訓」の読書会

      「シルバーバーチの霊訓」第九巻 

      十一章“三つの出張講演から” つづき

      潮文社出版 近藤千雄訳
持参品/「シルバーバーチの霊訓」 

      第九巻を忘れずに持参してください。
参加費/無 料

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新規参加を希望される方は、
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profile

氏  名:亀水 忠茂

生まれ:1950年 男性 現役企業人(製造業)
住  所:兵庫県
趣  味:読書、クラシックカメラの収集
その他:

学生時代から常に人生の目的、意義を知りたいと探求してきました。

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ご案内

 世の中あげて、科学・物質万能、拝金主義に突き進んでおります。そして五感に感じる現実のこの世界が人生の全てであって、それを謳歌するためには、どうしてもお金や地位、権力が必要と信じきって、その実現のためにはああでもない、こうでもないと、じっとしていられない毎日を送っております。そのため不安、恐怖、心配事が朝、目覚めたときから脳裏をよぎり、いつもの取り越し苦労がまた始まります。他人のことをかまう余裕もありません。

 では、はたして目に見えるこの世界や身体が唯一のものなのでしょうか。世の中で言われるように、死とともにすべては無に帰するとすれば、ほとんど苦悩の連続の人生とは一体何なんでしょうか。

 あるいは昔からいわれているように霊魂という本当の自分、本体があって、じつはその霊の力というか、気のような生命エネルギーがその肉体を動かしているのでしょうか。

 今の私たちの人生はとても短い一度きりの貴重なものです。理性に照らして納得のいく答えを今生で見出したいものです。 私は迂用曲折の末、ようやく「シルバーバーチの霊訓」の中にその答えを見つけました。人生に疲れた方、心配、不安の絶えない方、いっしょに霊的摂理・知識を学び、人生の目的・意義を知って、共に限りある今生を力強く活きませんか。

 

◯おすすめ

友人の女性が経営する神戸市須磨区にある喫茶店をご紹介します。スピリチュアリズム(特にシルバーバーチ)に関しては経験と知識がとても豊富で、的確なアドバイスが得られます。雑談も大歓迎ですので霊的摂理の話をする場がなくて困っておられる方は、どうかお気軽に遊びに来て下さい。
“喫茶りふれん”(午前8時~午後5時まで 定休日:毎月1日と日曜、祭日 TEL:078-737-3355)

 

次回読書会の霊訓の中から

  

“地上の人間にとって苦しみは悪であり、痛みは歓迎されませんが、実質的には必ずしもそうではありません。苦は楽と同じく神の計画の一部です。苦がなければ楽もなく、暗闇がなければ光明もなく、憎しみがなければ愛もありません。作用と反作用は同じものであると同時に正反対のものです。一つのコインの両面と思えばよろしい。善と悪はともに不可欠のものであると同時に、相対的なものです。地上にはさまざまな道徳的規範があり、国によって異なります。たった一つの絶対的規範というものはありません。私たち霊にとっての価値基準はただ一つ――魂にどういう影響を及ぼすかということです。魂の成長を促すものは善で、成長を遅らせるものは悪です。そこが大切な点です。 (中略) 生命の原理、霊的真理の基本(真の我とは霊魂なり)を忘れないようにしましょう。それさえ確保しておれば、(地上世界への)存在の目的を成就していることになるからです” P198

 

“もしもあなたが何一つ間違いを犯さない人だったら、あなたは今この地上にはいらっしゃらないはずです。間違いを犯す人間だから地上に来ているのです。しくじってはそこから教訓を学ぶのです。もしもしくじらないほど完全な人間だったら、物質界に生まれてくる必要はありません。勉強のために地上へ来ているのです。しくじっては学ぶ――それが進化の法則の一環なのです” P167

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過去の読書会テキスト

 

今月の叡智の言葉 (2018年6月)

“従って初めて心霊現象の話を耳にした時も、唯物論で埋め尽くされた私の思想構造の中には、霊とか神とかいった物質以外の存在を認める余地はまるで無かったといってよい。
が、事実というものは頑固である。どうしようもないものである。知人宅で起きた原因不明の小さな心霊現象がきっかけとなって生来の真理探究心が頭をもたげ、どうしても研究してみずにはいられなくなった。そして、研究すればするほど現象の実在を確信すると同時に、その現象の種類も多岐にわたることもわかり、その示唆するところが近代科学の教えることや近代哲学が思索しているものからますます遠ざかっていくことを知ったのである。
私は事実という名の鉄槌に打ちのめされてしまった。その霊的解釈を受け入れるか否かの問題より前に、まずそうした現象の存在を事実として認めざるを得なかった。前に述べたように当時の私の思想構造の中には“そうしたものの存在を認める余地はまるで無かった”のであるが、次第にその余地ができてきた。それは決して先入観や神学上の信仰による偏見からではない。事実を一つ一つ積み重ねていくという絶え間ない努力の結果であり、それよりほかに方法がなかったのである。” 「心霊と進化と」P4 (A・R・ウォレス著 近藤千雄訳 潮文社発行)

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寸 感(2018年6月)

「奇跡と近代スピリチュアリズム」心霊と進化と(平成30年6月1日)(雑記


ダーウィンと並んで進化論で有名な英国人博物学者のアルフレッド・R・ウォレスによる150年ほど前に発表された表題タイトル(1874年著)の翻訳本「心霊と進化と」(近藤千雄訳 潮文社発行)をインターネットの情報から知り、早速読んでみました。
ウォレスの生存期間は1823年~1913年ですので、丁度、近代スピリチュアリズムの発祥となった米国のハイズビル事件の発生(1848年)や、タリウムの発見で有名な元英国学士院院長のウィリアム・クルックス博士(1832年~1919年)、無線電信の検出器に用いられるコヒーラや点火プラグの発明者で有名な英国の物理学者であるオリバー・ロッジ(1851年~1940年)らが活躍していた時代とそっくりそのまま重なります。そしてこの本はシルバーバーチによる交霊会が本格的に始まる直前までの何千回、何万回と各地で繰り返された“物理的心霊現象”と、それに続く“霊界の科学的証明”の全盛期時代に書かれた心霊科学の学術誌です。
数多くの自らの物理的心霊現象の体験も含めて、当時の第一級の教授や学者、識者、医師、法律家らが自らの疑いを証明するために調査研究した結果、ミイラ取りがミイラになるごとく、真摯に科学的に調査探求した者は、すべてスピリチュアリストになってしまうだけの実証的証拠がすでに数限りなくそろっているということを実例をあげて説明した学術書なのです。
そしていったん納得しスピリチュアリストに転じたこれらの知識人は、生涯にわたって二度と自説を覆えすことは無かったということでした。それらのことが膨大な資料と実例、及び名前まで挙げて縷々解説されています。ウォレスは、もうこれ以上の霊実在説の真偽の調査研究は不要とまで言い切っています。シャーロック・ホームズの作者で有名なコナン・ドイル(1859年~1930年)にも「これだけの証拠がそろっているのに、いまだに霊界の存在が認められないということのほうが頭がどうかしている」と言わしめるだけの証拠が十分にそろっているのです。
プログの“ともしび”の身辺雑記No117「コナン・ドイルの心霊研究」やNo118にも関連した内容が書かれてありますので、こちらも是非見てください。
http://www.takemoto-shozo.com/zakki-2017.html#2018.04.01 


ついては、霊界の存在が真底から信じられない、またはいま一つ確信にまで至らず一人で右往左往しておられる方は、どうか是非アマゾンでこの中古本を購入され自ら読まれることをお勧めいたします。私もこの本を読んで、初めてシルバーバーチが語っている以下の言葉が理解できました。
“これ(死後存続の証明)は空想の産物ではありません。何千回も何万回も繰り返し証明されてきている事実をありのままに述べているまでです。もはや議論や論争の枠を超えた問題です。
(中略) “事実ならばその証拠を見せていただこう。われわれはもはや信じるというだけでは済まされなくなっている。あまりに永いあいだ気まぐれな不合理きわまる教義(キリスト教のドクマのこと)を信じ込まされてきて、われわれは今そうしたものにほとほと愛想をつかしてしまった。われわれが欲しいものはわれわれ自身で評価し、判断し、測定し、考察し、分析し、調査できるものだ”、そうおっしゃる物質界からの挑戦にお応えして、霊的事実の証拠を提供するということです。それはもう十分に提供されているのです。すでに地上にもたらされております。欲しい人は自分で手にすることができます。それこそが私たちがこれまであらゆる攻撃を耐え忍び、これからもその砦となってくれる確定的事実というスピリチュアリズムの基礎なのです。もはや“私は信じます。私には信仰というものがあります。私には希望があります”といったことでは済まされる問題ではなくなったのです。“事実なのだからどうしようもありません。立証されたのです”と断言できる人が数えきれないほどいる時代です。人類史上はじめて宗教が実証的事実を基盤とすることになりました。神学上のドクマは証明しようのないものであり、当然、議論や論争がありましょう。が、死後の存続という事実はまともな理性を持つ者ならかならず得心するだけの証拠が揃っております。”(七巻 P25)

 

私からみると、アルフレッド・R・ウォレスはその進化論での仕事・業績よりも、それらは科学的な調査研究方法を学ぶための手段・結果であって、実は彼の真の“今生の使命・目的”はその名声や信用、科学的研究姿勢などを利用して心霊学術書であるこれら一連の出版物を世に出し、“霊界の証人”となることにあったのではないかと思います。

 

戦後生まれの人がほとんど全てとなりつつある現在の日本では、霊界の存在を証明するために欧米で当時みられたような物理的心霊現象や、第一級クラスの学者・有識者による霊界の科学的証明などの話は我々の周りには皆無であり、書物で読む程度であって正直今一つピンとこないものがあります。例えば重い食卓のテーブルが60㎝も浮き上がったり、人体浮遊やありもしない物が突然どこからともなく現れたり、参加者全員が見えて手に触れることまでできる霊体の物質化現象など、我々の周辺では実際に見たことも聞いたこともありません。世間的にはせいぜいテレビ番組で視聴率稼ぎの心霊写真?もどきのような浮遊霊風写真を見せられ、恐怖心で大騒ぎしている程度です。この19世紀後半当時の欧米でみられたような奇跡的な何千回、何万回もの心霊現象と比較すると、過去日本で発生した物理的心霊現象などはたかが知れているようにさえ思われます。
今現在、世界的に見てもそのような心霊環境にないのは明らかで、少なくとも今の日本では多くの家庭で霊媒を招いて物理的心霊現象や交霊会を催すほどの状況にはありません。
従って奇跡的な物理的心霊現象を直接観察した体験は私にも一切ありませんが、あればもっと容易に確固として信じきれるものをと思ったりもしますが、ほとんどの方も同じ思いを持たれていることだろうと思います。
が、しかしながら私には“すでに霊界は証明済み”として霊界側が心霊現象の発生は不用であえて避けているようにさえ思われます。このことは一体何を意味しているのでしょうか。

 

丁度、幼児期のままで大人になりきれないように、安易に霊能者や霊媒という他人に頼りきり、心霊現象面ばかりにいつまでもとらわれ続けて手段と目的をはきちがえるよりも、ウォレスが本書の結論として述べているように、霊界と死後存続の証明はすでに終えたのだから次の段階である霊的摂理の学びによる魂の成長へと進むことの方が大切なのです。人生の目的は霊的成長にあるのですから、我々は他界後、その方がはるかに幸せで恵まれていたということに気づくことになるのだろうと思います。
たとえテレビ番組の中に本物の心霊写真が仮にあったとしても、そういうものでは興味本位でそのレベルにいつまでも留まってしまう人がほとんど全てです。
やはり何といってもシルバーバーチが霊訓で語っているように、苦難や試練を経て、これ以上は自我に頼りきることがもはやできず、本当のことを求めて迷い苦しみ悩みながらなんとか霊的真理にたどり着き、“本当の自分”(霊魂)に気づいて、そこから霊的成長が始まるというプロセスが本来のあるべき道、王道で、それが人生の目的なのでしょう。

 

ここで少し長くなりますが、「コナン・ドイルの心霊学」(近藤千雄訳)の中で、コナン・ドイルは次のように述べています。(これはシルバーバーチの交霊会が始まる直前の記述です)

 

“が、幸か不幸か、(第一次世界)大戦が勃発した。戦争というものは“生”を真剣に見つめさせ、一体何のために生きているかを改めて考えさせることになった。苦悩する世界の中にあって、毎日のように夢多き青春が満たされないうちに次々と散っていく若者の訃報に接し、またその魂が一体いずこへ行ってしまうのかについて明確な概念をもたないまま嘆き悲しむ妻や母親たちの姿を見て、突如、私はこれまで自分がだらしなく引きずってきた問題(物理的心霊現象)は、実は物質科学が知らずにいるエネルギーが存在するとかしないとかいった呑気なものではなく、この世とあの世との壁を突き崩し、この未曾有の苦難の時代に人類に用意された霊界からの希望と導きの呼びかけなのだという考えが閃いた。これは大変なことなのだと気がついた。そう思った私は、客観的な現象への興味が薄らぎ、それが実在するものであることさえ確信すれば、それで、その現象の用事は済んだのだと考えた。それよりも、それが示唆している宗教的側面の方がはるかに大切なのだと思うようになった。
電話のベルが鳴る仕掛けは他愛もないが、それが途方もなく重大な知らせの到来を告げてくれることがある。心霊現象は、目を見張るようなものであっても、ささいなものであっても、電話のベルにすぎなかったのだ。それ自体は他愛もない現象である。が、それが人類にこう呼びかけていたのだ――“目を覚ましなさい! 出番にそなえなさい! よく見られよ、これが“しるし”なのです。それが神からのメッセージへと導いてくれます”と。
本当に大事なのはその“しるし”ではなく、そのあとにくるメッセージだったのである。新しい啓示が人類にもたらされようとしていたのである。それが果たしていつのことなのか、どの程度のものがどれぐらいの鮮明度をもってもたらされるかは、誰にも分からなかった。
しかし大切なのは――現象そのものの真実性は、まじめに取り組んだ人には一点の疑念の余地もないまでに立証されているが、実はそれ自体は重要ではなく、その現象が示唆しているものが、それまでの人生観を根底から覆し、生命の死後存続という宗教的課題がもはや“信仰”の領域のものではなく、確固たる“客観的事実”となってしまうに違いない――ということである。” P50

 

つねに新しい側面が台頭しています。物理的心霊現象がおもむろに後退し、心霊治療と霊的教訓という高等な側面がそれと取って代わりつつあります。地上の人類の進化のサイクルが変わりつつあるからです”(九巻)P165

 

参照:「心霊と進化と」(A・R・ウォレス著、近藤千雄訳 潮文社発行)からの抜粋
●ケンブリッジ大学の天文学教授Prof.J.Challisはたぶん私の知るかぎりでは、現象を実際に観察せずに資料だけを検討してその真実性を信じた唯一の学者であろう。宗教誌Clerical Journalに寄せた書簡の中で教授はこう述べている。

 

「私はテーブル現象の実在を個人的観察に基づいて信じる根拠は持ち合わせていないのですが、数多くの出典や証言者から寄せられる膨大な量の証拠には抗しきれるものではありません。
イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ合衆国、その他キリスト教諸国のほとんどがそれなりの証拠を手にしております。 (中略) 要するに証拠がこれだけ豊富でこれだけ一致している以上、事実を報じられている通りに受け入れるか、それとも人間の証言によって事実を立証することの可能性を放棄してしまうかの、いずれかを選択しなければならないでしょう。」 P110

 

●私(ウォレス)は今や心霊現象の実在は、事実を証明するための唯一の方法、すなわち正直で偏見のない、しかも慎重な観察者の共通した証言によって完膚なきまでに証明つくされていると主張する。 (中略) その中にはありとあらゆる社会的地位の人、知力においても才能においてもあらゆる階層の人がいる。しかも真剣に検討した者でその実在を否定した人は一人もいないのである。こうした事実は明らかに新しい真理(霊的摂理)の存在を物語るものであった。決して妄想やペテンではない。故に心霊現象の存在は証明されたのである。 P116

 

●私自身はこれまで紹介した事実の真実性と客観的実在性を固く信じており、それ故、いやしくも事の真相を知らんと欲する科学者であれば、勝手な意見を述べる前に、一日わずか二、三時間をかけて二、三ヵ月も調査すれば必ずや私と同じ確信を得ることができることを誓って断言するものである。というのも、繰り返していうが、これまでそうした実際の調査に携わった人で確信を得なかった人はいないのである。 P132

 

●いかなる分野においても例外なくいえることは、それに先立つ研究結果がのちに確認されるということは大いにその価値を増すものとされ、最初の研究が受けたのと同じ不信感をもって迎えられるということはないということである。しかもそれがその後三人ないし四人の研究者によって確認され、しかもそれを否定する側には単なる理屈という消極的な証明手段しかないとなると、これはもはや――少なくとも暫定的には、そしてそれを上まわる証拠が提出されるか、前の研究者たちの誤りが明確に指摘されるまでは――事実が完全に証明されたと見なしてよい。クルックス博士の四年にわたる研究は前研究者たちが過去二十五年にわたって各地で、そして各種の条件のもとで、繰り返し確認してきたものにほとんど全ての点において決定的な確認を与えたのである。その観点において、たった一人の研究者による最初の研究結果とは比べものにならない価値があるといえる。ところが妙なことに、スピリチュアリズムの分野においては、こうした幾人もの研究者による成果をあたかも初めての研究であるかの如く扱い、それでも気にくわないとまた新たな研究を求めるという傾向がある。 P197

 

●そうした否定論者の説や態度については折にふれて言及してきたが、共通していえることは、われわれ肯定派が霊魂説を立証するために行ってきた長年の実験、研究、推論や、それに傾けた真摯な情熱に比して、純粋な学者的良心や誠意が全く見られないということである。一例を挙げれば、ウィリアム・クルックス博士といえばその名を知らぬ者のない世界的科学者であるが、その博士が四年の歳月をかけて実験研究した結果を英国学士院で発表したとき、だれ一人それをメモする者がなく、また博士の研究室へ招待しても一人として訪れた人がいなかった。さらにその成果を「スピリチュアリズム現象の研究」と題して世に問うた。これは心霊学史上に一大エポックを画するもので、その意義は測り知れないものがあるが、批判家連中にはそれを確認してくれる博士以上の証言者が必要だといい、その確認がないと信じるわけにはいかないと主張する。クルックスという科学界の第一人者の研究成果を前にしながら、それを認めるのに更に新たな確認を要求するとはいったいどういうことであろう。いったいだれが確認すればいいというのであろう。現実には世界各地で次々と一流の知識人によって確認されているのである。例えば米国では最初の化学者ロバート・ヘア教授によってまず確認され、二年後には最高裁判事のエドマンズ氏が綿密な研究によって真実であると断言し、続いて二人目の化学者メイプス教授が確認した。フランスでは、1854年にまずガスパリン伯爵が確認し、以後第一級の天文学者、数学者および化学者によって確認された。スイスでは1855年にサーリー教授が確認した。当地英国ではデモーガン教授、L・ロバートソン博士、T・A・トロロープ氏、R・チェンバーズ博士、コックス氏、C・F・バーレー氏、それに懐疑派の弁証法学会の調査委員会までがその大部分の真実性を確認した。そして最後にそれを決定づけるものとしてクルックス卿が四年にわたる二人の霊媒を使っての独自の研究でほぼその全てを真実であると断言した。これには写真という主観性の入る余地のない物的証拠も入っていた。これに対して否定論者はいったいどれだけのことをして何を提供したのか。彼らはただ憶測による勝手な説を立てるだけで、何一つ根拠となるべき証拠を提供したためしがない。筆者(ウォレス)にいわせればもはやこれ以上心霊現象を追試する必要はない。殊に心霊実験は手品ではないか、まやかしではないかといった疑惑のうえに立った調査はもう時代おくれである。つまり心霊科学も、他の既成科学と同様に、決定的な立証を得たとみて差し支えないと主張したいのである。従ってこれ以上必要なのは心霊現象の真偽を検討することではなくして、新しい論理的帰納または演繹という前向きの姿勢である。これを要するに、霊魂の実在を証明する段階は過ぎ去って、これからはその画期的な事実をもとにして、人間とは何か、霊界とはいかなる世界か、道徳観は在来のままでいいのかといった哲学的および宗教的な面まで発展させていくべきだというのが私の考えなのである。P224

 

●本書を締めくくるに当たって読者に心からお願いしたいことは個々の事象の細かいせんさく――私によるこの程度の簡単な紹介では十分とはいえないかもしれない証拠のあら探しで終わることなく、その証拠全体の範囲の広さと、それが有するさまざまな意義に目を向けていただきたい。私による説明不足の証拠そのものではなしに、その証拠が生み出す重大な意味に注目していただきたいのである。また、懐疑心から調査を始めて結局は熱心な唱道者となったそうそうたる知識人の数の多さに注目していただきたい。そして、その人たちが一度は遭遇する不遇な立場を克服してきた、その堂々たる真理探究者としての姿勢を評価していただきたい。
またそうした真摯な探究者がかって一人として現象の真実性を否定する結論に達した例がないという事実に着目していただきたい。そして最後に、人類史上の一連の奇跡的現象についてスピリチュアリズムが解き明かす原理と、そこから帰納されるところの崇高にして理にかなった来世観をとくと検討していただきたい。
以上の私の願いにこたえてくだされば、私がひたすら目指してきた成果が達成されることになろう。即ちそれは、これまでこの分野を取り巻いてきた偏見と誤びゅうを取り除き、事実は事実として、先入観をもたずに根気よく自ら検討してみる気持ちになっていただくことである。
真理は自らの手で発見しなければならないというのがスピリチュアリズムの大原則なのである。また聞きの証拠などで信じてはいけない。と同時に、根気と正直と、恐れを知らぬ真理探究心をもって検討することなしに事実を拒否してはならないということである。 P245

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