大阪シルバーバーチの会 亀水忠茂

大阪シルバーバーチ読書会のご案内

人生に疲れた方、心配、不安の絶えない方、
いっしょに霊的摂理・真理を学んで人生の目的を知り、
共に限りある今生を力強く活きませんか。

第90回読書会

開催日/2018年3月6日(火)

時 間/午後7時~8時30分

場 所/大阪市立生涯学習センター会議室で

      開催します。

      大阪市北区梅田1-2-2-500 
      大阪駅前第二ビル 5階 
      電話 :06-6345-5000

内 容/「シルバーバーチの霊訓」の読書会

      「シルバーバーチの霊訓」第九巻 

      八章“宗教とは” & 九章“青年部の代表と語る”

      潮文社出版 近藤千雄訳
持参品/「シルバーバーチの霊訓」 

      第九巻を忘れずに持参してください。
参加費/無 料

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新規参加を希望される方は、
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profile

氏  名:亀水 忠茂

生まれ:1950年 男性 現役企業人(製造業)
住  所:兵庫県
趣  味:読書、クラシックカメラの収集
その他:

学生時代から常に人生の目的、意義を知りたいと探求してきました。

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ご案内

 世の中あげて、科学・物質万能、拝金主義に突き進んでおります。そして五感に感じる現実のこの世界が人生の全てであって、それを謳歌するためには、どうしてもお金や地位、権力が必要と信じきって、その実現のためにはああでもない、こうでもないと、じっとしていられない毎日を送っております。そのため不安、恐怖、心配事が朝、目覚めたときから脳裏をよぎり、いつもの取り越し苦労がまた始まります。他人のことをかまう余裕もありません。

 では、はたして目に見えるこの世界や身体が唯一のものなのでしょうか。世の中で言われるように、死とともにすべては無に帰するとすれば、ほとんど苦悩の連続の人生とは一体何なんでしょうか。

 あるいは昔からいわれているように霊魂という本当の自分、本体があって、じつはその霊の力というか、気のような生命エネルギーがその肉体を動かしているのでしょうか。

 今の私たちの人生はとても短い一度きりの貴重なものです。理性に照らして納得のいく答えを今生で見出したいものです。 私は迂用曲折の末、ようやく「シルバーバーチの霊訓」の中にその答えを見つけました。人生に疲れた方、心配、不安の絶えない方、いっしょに霊的摂理・知識を学び、人生の目的・意義を知って、共に限りある今生を力強く活きませんか。

 

◯おすすめ

友人の女性が経営する神戸市須磨区にある喫茶店をご紹介します。スピリチュアリズム(特にシルバーバーチ)に関しては経験と知識がとても豊富で、的確なアドバイスが得られます。雑談も大歓迎ですので霊的摂理の話をする場がなくて困っておられる方は、どうかお気軽に遊びに来て下さい。
“喫茶りふれん”(午前8時~午後5時まで 定休日:毎月1日と日曜、祭日 TEL:078-737-3355)

 

次回読書会の霊訓の中から

  

“スピリチュアリストをもって任じている人も、もし日常生活においてその霊的真理の意味を生かすような生き方をしていなければ、何の徳にもなりません。私たちはラベルは崇みません。大切なのは、自分はこういう者ですとみずから称していることではなくて、ふだん行っている行為です” P117

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過去の読書会テキスト

 

今月の叡智の言葉 (2018年2月)

“こちらへお出でになってから地上生活を振り返ってごらんになれば、ラクだったことには何の感慨も覚えずに、むしろ苦しかったことに感謝なさるはずです。ラクだったことはどうでもよかったことばかりです” (十一巻)P28

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寸 感(2018年2月)

劣等感と“地上で為し得る最も偉大な仕事”(平成30年2月3日)(人生の目的)


地上生活で最も大切なのは霊に関わることです。霊が主導権を握るようになるまでは調和も健康も幸福も生き甲斐も得られません” (九巻)P106


劣等感とは一体どういうものなのでしょうか。
人間である限り不完全で、さまざまな間違いや失敗を繰り返し、罪意識、能力不足あるいは身体的・健康的なこと等々、自己を否定する観念が入り乱れて心の中を支配してきます。加えて人間には本能的に他人と自己を比較する(優劣をつける)とても強い性向があります。
そのため己のあまりの非力さに胸が苦しくなってくることもあります。自分とは一体何者なのだろう。そして苦しいことの多い一度限りのこの人生の目的・意義とは・・・。
心の奥底の自分の姿を客観的に観察するということは大変大切なことであり、それが原動力となってその欠点を克服するために努力し、より向上しようとする傾向があります。それ故、誰にでもこのような一種の強迫観念に似たようなものが大小を問わずあるのが当たり前です。だからこそ“足るを知る”ことの大切さが昔からいわれてきているのでしょう。
しかし、だからといって物事は始めからあきらめた方がよいと言っているのではなく、肉体をまとって地上世界にある限り、何事も精一杯の努力をしないことには物事は進化向上せず、額に汗する努力は必要なことです。シルバーバーチが指摘しているように、問題はその視野のピントがずれているところにあるのです。


仮に世間から“勝ち組”と呼ばれていようとも上には上があり、これでよしと自分自身では満足できないものです。ここに劣等感や嫉妬なるものが誰の心の中にも例外なく芽生えてきます。無意識とはいえ反射的に他人の不幸を喜ぶということは、その裏返しでもあるのではないでしょうか。
知らず知らずのうちに唯物主義、物質・科学万能主義が人生の基盤となり、いまだ霊的知識の無い頃の話ですが、私はこのような劣等感、自信のなさでどうしようもないぐらい消極心一辺倒になっていました。
死んだら全ては終わり、という唯物主義世界の価値観を自分自身の土台とするのか、死後も個性を持ったまま永遠に生き続けるという霊的真理に人生の土台を置くのか。この終わりが終わりでなくなる、言い方を変えると、物の目で見るのか、霊の目で見るのか、この違いは様々な局面で180度物事の見方が変ってきます。前提が180度違うのですから、結果も180度違ってきて当然です。肉体をまとったがゆえの地上世界特有の“劣等感”や“嫉妬”、“自信のなさ”もまたしかりです。

世俗的なものはいずれ消滅するのです。束の間のものは、しょせん束の間の存在でしかありません。しかし、霊的実在は永遠です。移ろいやすい物的所有物を絶対と思い込んでいる人は、影を追い求めているようなものです。霊的真理を求めている人は、真に自分の所有物となるものを授かりつつある人です。自信をもって前進なさい霊的知識―大霊の宝石を探し求めなさい” (シルバーバーチの霊訓―スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ P37 スピリチュアリズム普及会発行)


もしも我々一人ひとりの“本当の自分”が神の分霊で永遠不滅の霊魂(個性と意志を持った生命エネルギー)であるならば、そこには自他共に優劣の違いは全く無いはずです。そしてもろもろの世俗的条件や環境、人種の違いは、あくまでも霊的に成長するための今生限りの道具(舞台装置や衣装、役柄に応じた性別や能力など)の違いということになります。だからこそシルバーバーチは、他界では唯一違いがあるのは霊的成長度の違いだけですといっています。これは利他愛の大きさや謙虚さにも比例してきます。
我々スピリチュアリストは、“本当の自分”を知り人生の真の目的を知った上は、価値観が世間一般の霊的真理に無知な考え方、すなわち唯物主義とはまったく異なってしかるべきなのです。いや、真逆といってもよいでしょう。
では、“霊的に目覚めた人”にとって、永遠の視点(霊の目)から観て、この一時の地上世界で為し得る最も生きがいのある、真に価値のある行為、永遠につながる仕事とは一体何なのでしょうか。
ここでシルバーバーチが“地上で為し得る最も偉大な仕事”と明言している仕事があります。以下、その霊訓を引用してみましょう。


地上の悲劇は、霊的真理にまったく無知な人間が無数にいるというところにあります。 (中略) そういう人たちは地上生活の目的が分かっておりません。地上を去るまでにしておかねばならないことについて何の予備知識も持ち合わせません。人生の価値観が間違っておりますから、優先させるものが間違っております。視野のピントがずれております。物事の判断基準が狂っております。生活は不毛で味気なく、自我の開発などとうてい覚束なく、生きる目的というものがありません。いつも迷路の中に生きており、出口が見出せずにいます。あなた方の仕事はそうした地上世界にあって一つの灯台となることです。ぐるぐると絶え間なく光線を放射し、それが闇を貫き、受け入れる用意のできた人に真理の在りかを教えてあげるのです。いつも申し上げていることですが、地上生活の終点に来た時に、たった一人の魂にでも真の自我を見出させてあげることができていたら、それでその(あなたの)人生は十分に生き甲斐があったことになります。 (中略) 地上で為し得る最も偉大な仕事なのです。容易でないことは私も承知しております。しかし、何事も価値あるものは困難がつきものなのです。悲しいかな、数だけは沢山ある現代の教会にも、それはなし得ません。魂に感動を与えることはできません。内部の神性にカツを入れることはできません。が、神の使者には、たった一人でもそれができます。生まれつき霊的能力を授かっているからです” (九巻)P82


“読者のために施しておられる援助の大きさはあなた自身にはお分かりになりません。多くの魂に感銘を与えていらっしゃいます。そしてそれは、地上で為しうる最も偉大な仕事の一つなのです” (九巻)P35


すなわち、地上世界のあまたある仕事の中で、“霊的に目覚めた人”にしかできない、且つ、“地上で為しうる最も偉大な仕事”とシルバーバーチがいっているのは、霊的真理に無知な地上世界にあって霊的真理の在りかを教えてあげることだったのです。 


それも時期が来て、目の前に連れて来られた方だけを対象に伝えればよいのです。あるいはインターネットのプログなどで霊的真理を発信することでもよいのです。特にサークル限定でも何でも無いのです。


これなら何も特別な条件や環境、才能はいらず、“地上で為しうる最も偉大な仕事”は“霊的に目覚めた人”であれば、たった一人でも出来ることなのです。逆に言うと、“霊的に目覚めた人”でないと絶対にできない仕事でもあるのです。だからこそシルバーバーチは、我々に次のように切実に訴えているのです。


“忘れないでいただきたいのは、皆さん方のような地上での道具がなくては、わたくしたちも何も為し得ないということです。皆さんはわたくしたちの闘いのための武具を供給してくださっているようなものです。皆さんの力をお借りする以外に地上には頼りにすべき手だてが何もないのです。喜んでわたくしたちに身をゆだねてくださる人以外に、道具とすべきものがないのです。その道具が多すぎて困るということは決してありません。こちらの世界では、使用に耐えられる人物の出現を今か今かと待ちうけている霊がいくらでもいるのです。わたくしたちの方から皆さんを待ち望んでいるのです”
(シルバーバーチの霊訓―スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ P115 スピリチュアリズム普及会発行)


“あなたも、わたしと同じ立場に立って、発育を阻害された者、挫折した者、精神を歪められた者、未発達者、何の用意もできていない者が、毎日のようにぞくぞくと霊界へ送り込まれてくるのをご覧になれば、多分わたしと同じように、この繰り返しに終止符を打つために何とかして地上を改革しなければ、という気持になられるはずです。” 
(シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音 P67 スピリチュアリズム普及会発行)


凶暴性に満ちたこの病める暗黒の世界にあって、灯台の灯火のごとく霊的真理の普及を心掛けておられる方は全て、誰よりも“地上で為し得る最も偉大な仕事”をしていることになり、死と共に消滅する世間的評価、唯物主義の価値観に基づいた「劣等感」などもつ必要は微塵もない、ということになります。
但し、それは“その栄誉も霊界側からみての栄誉であり、世俗的な意味での栄誉ではありません。神の僕――神のメッセージの受け皿として選ばれたという意味において、われわれの側にとって有り難い存在ということです”(十一巻)P39 ということも、ふらつかないためにはしっかりと自覚しておく必要があります。
何故なら、“地上で為し得る最も偉大な仕事”ができるというこの物質界で最大の栄光とその価値を真底から我々スピリチュアリストは本当に自覚しているかというと、残念ながら普段我々自身にその自覚がとても希薄なように思われます。日常、たとえ無意識ではあっても他者と比較して「劣等感」を少しでも感じるという自信のなさが何よりのその証拠ではないでしょうか。
それは、地上世界の現象面があまりにも強烈で、肉体に霊魂は強く縛られているからです。まったく言うはやすく、行い難しで、このことも長くたゆまぬ霊的摂理の実践という努力の末に、その自覚と自信が徐々に深まってくるのでしょう。


大変な責任として受け止めないといけませんよ。知識には必ず責任という代価が伴うのです。つまり皆さんは物質界で最大の栄光―霊的知識を人のために役立てることができるという光栄に浴していらっしゃるのです。物質界で大事にされているもの全てが無に帰したあと、お互いのために尽くし合った行為のみが永遠に消えることのない進化をもたらしてくれるのです”
(シルバーバーチの霊訓―スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ P94 スピリチュアリズム普及会発行)


“あなたは他人のために役立つこと(霊的真理の普及)ができるという測り知れない光栄に浴していらっしゃいます。それがあなたにとって地上における最大の貢献です。あなたはそのために生まれて来られたのです” (十一巻)P31

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