大阪シルバーバーチの会 亀水忠茂

過去の霊訓の中から

                  

“いついかなる時も永遠の霊的原理を指標としそれに頑固にしがみついているかぎり、あなたに、絶対に挫折はありません”  P217

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“地上への誕生のそもそもの目的は魂が目を覚ますことにあります。もしも魂が目覚めないままに終われば、その一生は無駄に終わったことになります。地上生活が提供してくれる教育の機会が生かされなかったことになります”

 

―地上で目覚めなかった魂はそちらでどうなるのでしょうか。

 

“これがとても厄介なのです。それはちょうど社会生活について何の予備知識もないまま大人の世界に放り込まれた人と同じです。最初は何の自覚もないままでスタートします。地上と霊界のどちらの世界にも適応できません。地上において霊界生活に備えた教訓を何一つ学ばずに終わったのです。何の準備もできていないのです。身支度が整っていないのです”

 

―そういう人たちをどうされるのですか。

 

“自覚のない魂はこちらでは手の施しようがありませんから、もう一度地上へ誕生せざるを得ない場合があります。霊的自覚が芽生えるまでに地上の年数にして何百年、何千年とかかることもあります”

 

―親しい知人が援助してくれるのでしょう?

 

“出来るだけのことはします。しかし、自覚が芽生えるまでは暗闇の中にいます。自覚のないところに光明は射し込めないのです。それが私たちが直面する根本的な問題です” P168

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“地上生活の究極の目的は〝死″と呼ばれている現象のあとに待ち構えている次のステージ(生活舞台)に備えて、内部の霊性を開発することにあります。開発するほど洞察力が深まります。霊性が開発され進歩するにつれて、自動的に他人に対して寛大になり憐みを覚えるようになります。これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の我慢です。” P125

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“そうして発達を続けていくうちに霊的真理の実相を悟って、もはやその理解のために比較対照というものを必要としなくなる段階に至ります。それは地上においても達成できるものです。つまり知的な思考による理解を超えた“悟り”を地上生活中に得ることができます。それは私たちの世界へ来てから比較対照が無くても実在が理解できるようになるのと同じ段階です。” P95

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“地上は体験学校のようなものです。その地上世界は完全ではありません。あなた自身も完全ではありません。あなたはその不完全な世界で少しでも多くの完全性を発揮しようとしている不完全な存在です。ですから、自分なりの最善を尽くしておれば、それでいいのです。それ以上のものは要求されません。” P60

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“幸いにも霊的光明をかいま見ることができ、背後に控えている存在に気づかれた方は、明日はどうなるかを案ずることなく、常に楽観的姿勢を維持できなければいけません。” P15

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自我の開発――これが人間としてもっとも大切な目的です。それがこうして私たちが霊界から地上へ戻ってくる目的でもあるのです。すなわち人間に自己開発の方法、言いかえれば霊的革新の方法をお教えすることです。内在する神の恩寵を味わい、平和と調和と協調と友愛の中で生きるにはそれしかないからです。今の地上にはそれとは逆の“内紛”が多すぎます。”P21

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“ほんとうの祈りは利己的な動機から発した要望を嘆願することではありません。われわれの心の中に抱く思念は神は先刻ご承知なのです。要望は口に出される前からすでに知れているのです。
なのになぜ祈るのか。それは、祈りとはわれわれのまわりに存在するより高いエネルギーに波長を合わせる手段だからです。その行為によってほんの少しの間でも活動を休止して精神と霊とを普段より受容性に富んだ状態に置くことになるのです。

わずかな時間でも心を静かにしていると、その間により高い波長を受け入れることができ、かくしてわれわれに本当に必要なものが授けられる通路を用意したことになります。” P198

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“私は神があなた方のいう“善”だけを受けもち、悪魔があなた方のいう“悪”を受けもっているとは申し上げておりません。”

――潜在的には善も悪もすべてわれわれの中に存在しているということですね。

“人間一人一人が小宇宙なのです。あなたもミニチャアの宇宙なのです。潜在的には完全な天使的資質を具えていると同時に獰猛な野獣性も具えております。だからこそ自分の進むべき方向を選ぶ自由意志が授けられているのです。” P194

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“お二人のこれからの人生が日向ばかりだとは申し上げられません。曇りの日もあることでしょう。時には雨にうたれることもあるでしょう。困難なことがあるでしょう。試練に出会うこともあるでしょう。人生は一本調子のものではありません。色彩もあり変化もあります。障害に出会うことでしょう。何もかもうまく行く楽しい日々もあれば、すべてが絶望的に思える暗い日々もあることでしょう。そうしたさまざまな体験の中でこそ性格が培われるのです。人生を形づくっているさまざまな体験の中で培われるのです。
もしも人生が初めから終わりまでラクに行ったら、もしも乗り切るべき困難もなく耐え忍ぶべき試練もなく、克服すべき障害もないとしたら、そこには何の進歩も得られないことになります。レースは競い合うからこそ価値があるのです。賞はラクには貰えず一生けんめい頑張ったあとにいただくから価値があるのです。そういう価値ある人間になるように努力なさい。
この世に克服できない悩みはありません。ですから、悩んではいけないのです。征服できない困難はないのです。力の及ばないほど大きな出来事は何一つ起きないのです。
一つ一つの経験から教訓を学ぶことです。難しいと思ったときは、怯まず自分にムチ打つのです。そうすればそれだけ前より強い人間となります。自分が霊であること、それが肉体を通して表現しているのだということ、そして自分という永遠の霊に傷を負わせたり害を及ぼしたりするものは決して生じないということを忘れないことです。

 

世間でいう“成功者”になるかならないかはどうでもよいことです。この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。大切なのは自分の霊性の最高のものに対して誠実であること、自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく、ほんとうの自分に忠実であること、良心の命令に素直に従えることです。それさえできれば、世間がどう見ようと、自分は自分としての最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます。そして、いよいよ地上生活に別れを告げる時が来たとき、死後に待ち受ける生活への備えが十分にできているという自信をもって、平然として死を迎えることができます。これが私からのアドバイスです。” P155

 

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“これまでに起きたことはもとより、これから生じるであろう出来ごとも、霊に目覚めた者が不安や恐怖を抱くほどのものは何一つありません。忠誠心と自信とをもち、背後より支援してくれるその力の存在を忘れることなく、真理はいかなる反抗勢力に遭っても、真理であるがゆえに耐え抜くものであることを確信して邁進すべきです。” P115

 

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“忙しい時間のいくばくかを割いて、背後霊との霊的な交流をもつことを心掛けてくださると、背後霊はとても助かるということです。
そして、これは何度も申し上げていることですが、背後霊とのつながりを求め、たとえ表面的には何の反応もなくても、霊的にはかならず何かが起きているものです。ですから、たとえばテーブルも何も用いずに何分間か、ただお二人で座って黙祷するというだけでもいいのです。言葉に出すのもいいかも知れません。が、それも必ずしも必要ではありません。
心を空にして穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで十分です。
その統一状態の中で霊の力が働くのです。
そうした静かな精神状態というのが、物的生活に振り回されている騒々しさに一時的なストップをかけることになります。そのわずかな時間を霊性の開拓と、自宅内での霊的存在の認識へ向けたことになります
地上の人間は静かな精神状態をもつことの効用を十分に認識しておりません。私がよく申し上げているように、あなた方にとって無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。あなた方が静かに受身の心でじっとしている時が私たちにとって一ばん近づきやすいからです。”P101

 

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――あなたの訓えの中には恐怖心を捨てるように説いておられるものが多いのですが、実際に爆弾が投下されているときにそれを要求するのは無理です。そういう状態では怖がって当然ではないでしょうか。

 

Ⅰ.霊的成長は困難の末に得られるもの
 “おっしゃる通り当然でしょう。が、その状態こそ恐怖心を捨てる試金石(信仰を試されている)でもあります。私たちがみなさんの前に掲げる理想がひじょうに到達困難なものが多いことは私も承知しております。私たちの要求することのすべてを実現するのは容易ではありません。が、(人生の)最大の富(霊的成長)は往々にして困難(試練)の末に得られるものです。

 

Ⅱ.困難には霊力を活用すること
それには大変な奮闘努力が要求されます。が、それを私があえて要求するのはそれだけの(永遠不滅の霊的)価値があるからです。いつも申し上げておりますように、あなた方はそれぞれに無限の可能性を秘めた霊(霊魂)なのです。宇宙を創造した力(霊力)と本質的に同じもの(霊の力)が各自に宿っているのです。その(霊の)潜在力を開発する方法を会得しさえすれば、内在する霊的な貯えを呼び覚ます方法を会得しさえすれば、霊力の貯水池から汲み上げることができるようになりさえすれば、恐怖の迫った状態でも泰然としていられるようになります。
⇒瞑想などのテクニックだけのことをいっているのではなく、ベースとして霊的知識や霊的自我(本当の自分)の覚醒が必要である。

 

Ⅲ.その霊力はあなたの内部に宿っている(神の御国)
人生の旅においてあなたを悩ますあらゆる問題を克服していく手段は全部そろっているのです。それがあなたの内部に宿っているのです。イエスはそれを“神の御国は汝の中(潜在意識)にある”と言いました。神の御国とはその無限の霊的貯蔵庫(霊力の兵器庫)のことです。自己開発(霊的知識の実践と信仰による開発)によってそれ(霊の力)を我がものとすることができると言っているのです。(霊魂を)開発すればするほど、ますます多くの宝が永久に自分のもの(完全に向けての霊的成長)となるのです。
⇒呼吸法や瞑想法は手段(テクニック)であって目的ではない。霊的知識の実践と信仰によって霊的成長を図るため、霊力を呼び込む一つの手段なのである。

 

Ⅳ.人生の目的は霊的成長にある
もしも私の説く訓え(霊訓)がラクなことばかりであれば、それは人生には発展と進化のチャンスがないことを意味します。人生には無数の困難があります。だからこそ完全に向けての(霊的成長の)チャンスが無数にあることになるのです。生命は永遠です。終わりがないのです。完全に向けての成長も永遠に続く過程なのです。” P75 

 

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“何世紀にもわたって強大な霊的軍団が組織されております。霊的真理に対して絶対的忠誠心をもって臨めば、あなたの強力な味方となってくれます。/そのたった一人の人間も、霊の力を背後にすれば大きな仕事ができるのです。/おっしゃる通り、たった一人のすることです。見た目にはたった一人です。が、その背後には自分を役立てたいとの願望を抱く者にかならず授けられる強大な霊力が控えております。” P52 
(中略)
“どうかこれまで述べてきた知識の中から物的生活の背後で働いている霊的活動、あなたの身のまわりにほうはいとして存在する莫大な霊力、あなた方を善のために活用せんとして待ちかまえている霊の存在を認識してください。あなた自身の中に潜在する可能性をしっかりと認識してください。それが自我の霊的本性のもつ莫大な兵器庫、魂の宝庫を開くカギとなるからです。神の叡智は無限であるということ、宇宙の宝物は無尽蔵であるということの意味を、しっかりと理解してください。” P58

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“善はみずから報酬をもたらし、悪と罪はみずから罰と断罪を受けると私は説くのです。向上するのも堕落するのも本人の行為一つに掛かっているのです。人生のあらゆる側面を神の摂理が支配しており、それをごまかすことも、それから逃れることも出来ません。誰にも出来ません。” P49

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“霊は安心立命の境地において本来の力を発揮するものです。私たちが闘わねばならない本当の敵は無用の心配です。それがあまりに多くの人間の心に巣くっているのです。単なる観念上の産物、本当は実在しない心配ごとで悩んでいる人が多すぎます。
そこで私は、取り越し苦労はおやめなさいと、繰り返し申し上げることになるのです。
自分の力で解決できないほどの問題に直面させられることは決してありません。克服できない困難というものは絶対に生じません。重すぎて背負えないほどの荷物というものは決して与えられません。しかも、溢れんばかりの自信に満ちた雰囲気の中で生きていれば、霊界から援助し、導き、支えてくれるあらゆる力を引き寄せることになるのです。”P30

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“途方もなく巨大な星雲を見ても、極微の生命を調べても、あるいは変転きわまりない大自然のパノラマに目を向けても、さらには小鳥、樹木、花、海、山川、湖のどれ一つ取ってみても、ちょうど地球が地軸を中心に回転することによって季節のめぐりが生まれているように、全ての相とのつながりを考慮した法則によって統制されていることが分かります。種子を蒔けば芽が出る――この、いつの時代にも変わらない摂理こそ神の働きの典型です。神は絶対にしくじったことはありません。あなたがたの方から見放さないかぎり神はあなたがたを見放すことはありません。私は、神の子すべてにそういう視野をもっていただきたいのです。そうすれば取越苦労もなくなり、恐れおののくこともなくなります。いかなる体験も魂の成長にとっては何らかの役に立つことを知ります。その認識のもとに一つ一つの困難に立ち向かうようになり、首尾よく克服していくことでしょう。そのさ中にあってはそうは思えなくても、それが真実なのです。あなた方もいつかは私たちの世界へお出でになりますが、こちらへ来れば、感謝なさるのはそういう暗い体験の方なのです。視点が変わることによって、暗く思えた体験こそ、そのさ中にある時は有難く思えなくても、霊の成長をいちばん促進してくれていることを知るからです。今ここでそれを証明してあげることはできませんが、こちらへお出でになればみずから証明なさることでしょう。

こうしたことはあなたにとっては比較的新しい真理でしょうが、これは大変な真理であり、また多くの側面をもっています。まだまだ学ばねばならないことが沢山あるということです。探究の歩みを止めてはいけません。歩み続けるのです。”

シルバーバーチの霊訓(六)P205

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“苦と楽、悲しみと喜び、平静さと怒り、嵐と晴天、こうしたものがみな魂の成長の糧となるのです。そうしたものを体験し教訓を学んではじめて成長するのです。その時はじめて宇宙が無限なる愛によって支配され、その愛から生み出された摂理に間違いはないとの自覚を得ることができるのです。“まず神の国と義を求めよ。さらばそれらのものもすべて汝のものとならん。”というのは真実です。その心掛けになり切れば、つまり宇宙の摂理に不動の、そして全幅の信頼を置くことができるようになれば、人生で挫折することはありません。なぜならばその信念が内部の霊力を湧き出させ、何ごとも成就させずにはおかないからです
その霊力を枯渇させる最たるものは“心配”の念です。全幅の信頼心――盲目的な信仰ではなく知識を土台とした完全なる信念は、人生のあらゆる体験に心配も迷いも不安もなく立ち向かわせます。神の子である以上は自分の魂にも至聖所があり、そこに憩うことを忘れないかぎり、自分を焼きつくす火も吹き倒す嵐も絶対にないとの確信があるからです。”


「すばらしいことです」


“本当にそうなのです。本当にそうなのです。物質に包まれた人間にはその理解はとても困難です。魂そのものは知っていても、その物質による束縛がどうしても押し破れないのです。しかし、それを押し破っていくところに進化があるのです。人生問題を霊の目で眺めれば、その一つ一つに落着くべき場がちゃんと用意されているのです。地上的な目で眺めるから混乱と困難と誤解が生じるのです。そこで私たちの出番が必要となります。すなわち霊的真理の光をお見せするのです。
ナザレのイエスが“神の国は汝自身の中にある”と述べたのは寓話ではなく事実を述べたのです。神は全生命の中心です。宇宙は神が内在するがゆえに存在しているのです。地上のあらゆる存在物も神が内在するからこそ存在しているのです。あなた方もミニチュアの神なのです。あなた方の心がけ次第でその内部の力が成長し、発展し、開花するのです。その成長の度合いを決定づけるはあなた方自身です。他の誰も代わってあげることはできません。それが地上生活の目的なのです。
自分も神であることを自覚なさることです。そうすれば神の御国(摂理)はほかならぬ自分の魂の中にあることを悟られるはずです。それは絶対に裏切ることがありません。無限の補給源である神の摂理に調和した生き方をしているかぎり、何一つ不自由な思いも空腹も渇きも感じなくなります。といって必要以上のものはいただけません。魂の成長の度合いにふさわしいだけのものが与えられ、それよりも多くも、それより少なくも、それより程度の高いものも、低いものも受けません。それ以外にありようがないのです。” シルバーバーチの霊訓(六)P196

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“物的存在物はいつかは朽ち果て、地球を構成するチリの中に吸収されてしまいます。と言うことは物的野心、欲望、富の蓄積は何の意味もないということです。一方あなたという存在は死後も霊的存在として存続します。あなたにとっての本当の富はその本性の中に蓄積されたものであり、あなたの価値はそれ以上のものでもなく、それ以下のものでもありません。そのことこそ地上生活において学ぶべき教訓であり、そのことを学んだ人は真の自分を見出したという意味において賢明なる人間であり、自分を見出したということは神を見出したということになりましょう。
地上世界を見ておりますと、あれやこれやと大事なことがあって休む間もなくあくせくと走りまわり、血迷い、ヤケになりながら、その一ばん大切なことを忘れ、怠っている人が大勢います。私たちの説く教訓の中でもそのことが一ばん大切ではないでしょうか。それが、いったん霊の世界へ行った者が再び地球へ戻ってくる、その背後に秘められた意味ではないでしょうか。それを悟ることによって生きる喜び――神の子として当然味わうべき生き甲斐を見出してもらいたいという願いがあるのです。それは、いわゆる宗教あるいは教会、教義、信条の類い、これまで人類を分裂させ戦争と混沌と騒乱を生んできたものより大切です。少しも難しいことではありません。自分という存在の本性についての単純きわまる真理なのです。なのに、それを正しく捉らえている人はほんの僅かな人だけで、大方の人間はそれを知らずにおります。” 

シルバーバーチの霊訓(六)P180

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“地上は保育所です。訓練所です。いろんなことを学ぶ学校です。身支度をする場です。潜在している才能が最初に目を出す場であり、それを人生の荒波の中で試している所です。そうした奮闘の中ではじめて真の個性が形成されるのです。闘争もなく、反抗もなく、困難もなく、難問もないようでは、霊は成長できません。進化しません。奮闘努力が最高の資質、最良の資質、最も深層にある資質を掘り起こすのです。” 

シルバーバーチの霊訓(六)P166

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霊という必須の要素が生活を規制し支配するようになれば、何ごとが生じても、きっと克服できます。少しも難しいことは申し上げておりません。きわめて単純なことなのです。が、単純でありながら、大切な真理なのです。満空の信頼、決然とした信念、冷静さ、そして自信――こうしたものは霊的知識から生まれるものであり、これさえあれば、日々の生活体験を精神的ならびに霊的成長を促す手段として活用していく条件としては十分です。地上を去ってこちらへお出でになれば、さんざん気を揉んだ事柄が実は何でもないことばかりだったことを知ります。そして本当にためになっているのは霊性を増すことになった苦しい体験であることに気づかれることでしょう”

シルバーバーチの霊訓(六)P155

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“手にした霊的知識という杖が困難に際して支えになってくれます。その杖にすがることです。霊的知識という杖です。それを失っては進化の旅は続けられません。”

シルバーバーチの霊訓(六)P135

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“ぜひ理解していただきたいのは、大切な悟りというものは悲しみと苦しみという魂の試練を通してはじめて得られるものだということです。
人生というものはこの世だけではなく、あなた方があの世と呼んでおられる世界においても、一側面のみ、一色のみでは成り立たないということです。光と影の両面が無ければなりません。
光の存在を知るのは闇があるからです。暗闇がなければ光もありません。光ばかりでは光でなくなります。闇ばかりでは闇でなくなります。同じように、困難と悲しみを通してはじめて魂は自我を見出していくのです。もちろんそれは容易なことではありません。とても辛いことです。でもそれが霊としての永遠の身支度をすることになるのです。なぜならば地上生活のそもそもの目的が、地上を去ったあとに待ちうける次の段階の生活に備えて、それに必要な霊的成長と才能を身につけることにあるからです。”

シルバーバーチの霊訓(六)P99 (困難、悲しみ、苦しみ → 悟り)

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“実は霊の世界から地上へ引き返し、地上人類のために献身している霊の大軍を鼓舞し動かしている壮大な目的があるのです。無知の海に知識を投入すること、それが目的です。暗闇に迷う魂のために灯火をかかげ、道を見失える人々、悩める人々、安らぎを求める人々に安息の港、聖なる避難所の存在を教えてあげることです。私たちを一つに団結させている大いなる目的です。宗教、民族、国家、その他ありとあらゆる相違を超越した大目的なのです。”

シルバーバーチの霊訓(六)P90 ページトップへ


“不安のタネの尽きない世界に平和を招来するためには霊的真理、視野の転換、霊的摂理の実践をおいて他に手段はありえません。
ストレスと難問の尽きない時代にあっては、正しい知識を手にした者は真理の使節としての自覚をもたねばなりません。”

シルバーバーチの霊訓(六)P84 ページトップへ


「あからさまに言えば、取越苦労性の人は霊的に未熟ということでしょうか。」


“その通りです。真理を悟った人間はけっして取越苦労はしません。なぜなら人生には神の計画が行きわたっていることを知っているからです。・・・無用の心配をするということそのことが霊的成長の欠如の指標といえます。たとえ僅かでも心配の念を抱くということは、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。偉大なる魂は泰然自若の態度で人生に臨みます。確信があるからです。その確信は何ものによっても動揺することはありません。このことだけは絶対に譲歩するわけにはいきません。なぜなら、それが私たちの霊訓の土台であらねばならないからです。”

シルバーバーチの霊訓(六)P57 ページトップへ


“霊力の真の目的はあなた方のもとを訪れる人の魂を目覚めさせることです。自分が本来霊的な存在であり、物的身体は自分ではないことに気づかないかぎり、その人は実在に対してまったく関心を向けないまま地上生活を送っていることになります。言わば影の中で幻を追いかけながら生きていることになります。実在に直面するのは真の自我、すなわち霊的本性に目覚めた時です。地上生活の目的は、帰するところ自我を見出すことです。なぜなら、いったん自我を見出せば、それからというものは内部に宿る神性をすすんで開発しようとするからです。
残念ながら地上の人間の大半は真の自分というものを知らず、したがって不幸や悲劇に遭うまで自分の霊的本性に気づかないのが実情です。光明の存在に気づくのは人生の闇の中でしかないのです。”

霊訓第六巻 P32  ページトップへ


 

“魂はみずから道を切り開いていくものです。その際、肉体機能の限界がその魂にとっての限界となり制約となります。しかし肉体を生かしているのは魂です。魂は絶対です。魂とはあなたという存在の奥に宿る神であり、神が所有しているものは全てあなたもミニチュアの形で所有している以上、それは当然しごくのことです。”

霊訓第六巻P21  ページトップへ


“死んでいく人たちのために涙を流してはいけません。死に際のショック、その後の一時的な意識の混乱はあるにしても、死後の方がラクなのです。私はけっして戦争の悲劇、恐怖、苦痛を軽く見くびるつもりはありませんが、地上世界から解放された人々のために涙を流すことはおやめなさい。・・・・
しかし、たとえそうでなくても、肉体という牢獄に別れを告げた者のために涙を流すことはおやめになることです。・・・とにかく死は悲劇ではありません。・・・・
解放の門をくぐり抜けた者にとっては悲劇ではありません。私は自分が知り得たあるがままの事実を曲げるわけにはいきません。皆さんはなぜこうも物的観点から物ごとを判断なさるのでしょう。・・・しかしそれは、これから先に待ちうける生活にくらべれば、ほんのひとかけらにすぎません。あなた方は霊を携えた物的身体ではありません。物的身体を携えた霊的存在なのです。ほんのひとときだけ物的世界に顕現しているにすぎません。“ 

霊訓第五巻 P230 ページトップへ


私は常にあなたがた地上の人間とは異なる規準で判断していることを忘れないでください。
私たちの規準は顕と幽のあらゆる生活の側面に適用できる永遠に不変の規準です。時には悪が善を征服したかに思えることがあっても、それは一時的なものであり、最後には神の意志がすべてを規制し、真の公正が行きわたります。
その日その日の気まぐれな規準で判断しているあなた方は、その時々の、自分が一ばん大事だと思うものを必要以上に意識するために、判断が歪められがちです。宇宙を大いなる霊が支配していることを忘れてはなりません。その法則がこの巨大な宇宙を支えているのです。大霊は王の中の王です。その王が生み神性を賦与した創造物が生みの親をどう理解しようと、いつかはその意志が成就されてまいります。
地上の無益な悲劇と絶望の有様を見て私たちが何の同情も感じていないと思っていただいては困ります。今日の地上の事態を見て心を動かされなかったら、私たちはよほど浅はかな存在といえるでしょう。しかし私たちはそうした地上の日常の変転きわまりないパノラマの背後に、永遠不変の原理を見ているのです。

どうかその事実から勇気を得てください。そこにインスピレーションと力とを見出し、幾世紀にもわたって善意の人々が夢見てきた真理の実現のために働き続けてください。その善意の人々は刻苦勉励してあなた方の世代へ自由の松明(たいまつ)を手渡してくれたのです。今あなた方はその松明に新たな炎を灯さなくてはならないのです。

霊訓第五巻 P223 ページトップへ


“存在の実相が霊であるということが宇宙のすべての謎を解くカギなのです。”P181


牧師「この世になぜ多くの苦しみがあるのでしょうか」
“神の真理を悟るには苦を体験するしかないからです。苦しい体験の試練を経てはじめて人間世界を支配している摂理が理解できるのです。”

霊訓第五巻 P186 ページトップへ


牧師 「地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか。」


“それは不可能なことです。が、そう努力することはできます。努力することそのことが性格の形成に役立つのです。怒ることもなく、辛く当たることもなく、腹を立てることもないようでは、もはや人間ではないことになります。人間は霊的に成長することを目的としてこの世に生れてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それはこちらへ来てからも同じです。” 霊訓第五巻 P191


“・・・。が、あなたも人の子である以上、あらゆる煩悩をお持ちです。” 

霊訓第五巻 P198 ページトップへ


“私だってルースちゃんとポール君が大好きですよ。この気持ちは愛の大中心からくる愛、世界全体を支配している愛、宇宙全体を動かしいる愛、全部の生命をやさしく抱きしめ、たった一人の子供も、どこにいようと何をしていようと、絶対に見放すことのない愛と同じものなのです。それが、宇宙が始まる前から、そして宇宙が終わったあとも、永遠に霊を一つに結びつけるのです。それは永遠に変わることのない神さまの愛であり、愛の神さまです。その愛の心をお二人が出すたびに神さまの心が発揮され、宇宙の創造の仕事が続けられるのを助けることになるのです。”

霊訓第五巻 P167 ページトップへ


“意識を獲得するには物的身体に宿って誕生し、物的体験を得なければなりません。物matterから霊spiritへと進化していくのです。つまり物的身体との結合によって、物的個性を通して自我を表現することが可能となります。霊は物に宿ることによって自我を意識するようになるのです。” 

霊訓第五巻P145 ページトップへ


―ということは誰でも自分で健康を回復することができるということでしょうか。


「まさにその通りです。ただしそのためには“自分は神である。無限の創造活動の一部を担う存在である。全生命への責任を担う霊的存在である。本来は完全なる霊なのだ”と宣言できる段階まで悟りができなくてはなりません。」

霊訓第五巻 P123 ページトップへ


 

”・・・。そうしたことが多ければ多いほど類魂の進化が促進され、やがて動物の段階を終えて、人間の形態での個体としての存在が可能な段階へと進化していきます。”
「その時点で人間界へと誕生するわけですか」
”人間界への誕生には二種類があります。古い霊が再び地上へ戻ってくる場合と、新しい霊が物質界で個体としての最初の段階を迎える場合です。”
「一人の人間としてですか」
”そうです。双方とも霊魂です。双方とも自我意識をもった霊であり個性をもった霊的存在です。ただ、一方がベテランの霊で、進化の完成のためにどうしても物質界で体験しなければならないことが生じて、再び地上へやってくるのに対して、他方は、やっと人間の段階にまで達した新入生です。直前まで動物だった類魂が人間界の仲間入りをしたのです。アメ―バーの状態から始まって爬虫類、魚類、鳥類、そして動物と、ありとあらゆる進化の段階をへて、今ようやく人間へと達したのです。”
・・・・・

”・・・。一方、犬とか猫、時に猿などをペットとして可愛がるのは、一種の近親感を意識するからです。もうすぐ人間として生まれ代わってくる段階まで近づいて来ているために、動物の方でも人間の愛を受け入れようとするのです。”

霊訓第五巻 七章 P93~94 ページトップへ


 

“宗教とは自分を役立てることです。同胞のために自分を役立てることによって神に奉仕することです。”

霊訓第五巻 六章 P79 ページトップへ


「私たちの努力目標は人類が幻を追い求め影を崇めることのないように、霊的真理の実在を得心させることによって人生観を誤った信仰でなく確実な知識の上に確立し、大自然の法則に基づいた本当の宗教心を持ち、たとえ逆境の嵐が吹き荒れ、環境が酷しく、いずこに向かうべきかが分からなくなった時でも、“事実”に裏うちされた信仰心によってあらゆる試練、あらゆる苦難に耐えていけるようにしてあげることです。私たちの使命は霊的使命なのです。人間が内奥に神すなわち実在の生命を宿していることをお教えし、従って人間は動物ではなく一人ひとりが神であることを自覚し、同じ神性が宇宙の他のすべての生命にも宿っていることを知っていただくことを使命としているのです。」

霊訓第五巻 五章 P67 ページトップへ


不安は無知という暗闇から生まれます。勇気は自信から生まれます。すなわち自分は神であるとの真理に目覚めた魂はいかなる人生の嵐をもってしても挫かせることはできないとの自信です。私が教えているのはごく単純な真理です。しかし単純でありながら大切この上ない真理です。地上人類がみずからを救い、内在する神性を発揮するようになるためには、そうした霊的真理を日常生活において実践する以外にないからです。あなた方はその貴重な霊的な宝を手にされていること、それがすべての霧とモヤを払い、悟りの光によって暗闇を突き破ることを可能にしてくれることを知ったからには、自信をもって生きてください。

霊訓第五巻 P55 ページトップへ


「この交霊界も死が幻影であることを証明する機会の一つです。すなわち死の淵を霊的知識で橋渡しをして、肉体という牢獄を出たあとに待ちうける充実した新たな生活の場の存在を紹介するために私たちはこうして戻ってきているということです。何でもない、実に簡単なことなのです。

霊訓第五巻 P26 ページトップへ


 「もしもあなた方の進む道を影が過るようなことがあれば、もしも何か大きな問題が生じた時は、もしも心に疑念が生じ、迷われるようなことがあれば、どうかそれらは実在ではなく影にすぎないことをご自分に言い聞かせることです。羽をつけて一刻も早く追い出してしまうことです。忘れないでください。あなた方はお一人お一人が神であり、神はあなた方お一人お一人なのです。」 

霊訓第五巻 P22  ページトップへ


 「道を見失える者、いずこにあなたを見出すべきかを知らずに迷える者に対しては、あなたが彼ら自身の中に存在すること、あなたの無限なる霊がみずからの存在の内部にあること、まさしく天国は彼らの心の中にある――よろこびと幸せの国、叡智と悟りの国、寛容と正義の国は自分の心の中にあるという事実を教えることを目的と致しております。」   

P224 ページトップへ


「誰にも霊的才覚が宿されていることを知らずにおります。それの開発は内的安らぎを生み、人生のより大きい側面のすばらしさを知らしめます。となれば霊性そのものの開発が何よりも大切であることは明らかでしょう。これは個々の人間のプライベートな静寂の中において為されるものです。その静寂の中で、まわりに瀰漫する霊力と一体となるのです。すると、より大きな世界の偉大な存在と波長が合い、インスピレーションと叡智、知識と真理、要するに神の無限の宝庫からありとあらゆるものを摂取することができます。その宝は使われるのを待ち受けているのです。」 

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻  第八章“質問に答える” P212) ページトップへ


「決して弱気になってはいけません。堂々と胸を張り、宇宙の全生命を創造した力、夜空にきらめく星空を支えている力、花に香りを添え、太陽を昇らせそして沈ませる力、虹にあの美しい色彩を施し小鳥にあの可憐なさえずりを与えた力、全生命に存在価値を与え、人間に神聖を賦与した力、その力がいつもあなた方を支え、守り、そして導いていることを忘れてはなりません」 

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻  第七章 "霊媒を励ます"P199 ) ページトップへ


「・・・。これまでも数多くの困難を克服し、数多くの悩みごとを解消してきております。いつか、これまでのあなたの辿ってこられた人生を振り返りじっくりと見つめられれば、そこに霊による導きがあったことをお認めになるはずです。・・・・

問題はあなたの心のどこにも心配の念を宿らせないことです。これまで導いてくれた霊団が自分を見放すはずはないという断固たる信念を持たねばなりません。まだまだ越えねばならない厳しい道があるからです。まだまだ献身を必要とする仕事の場がたくさんあるからです。怖じ気づいてはなりません。かつてあなたがもう絶対にダメだと思ったことが霊の力によって克服されてきたように、これから先もきっとその力は凱旋を続け、あとで振り返ったとき、今のあなたには難問に思えることが他愛ない杞憂にすぎなかったことを知って、にっこりなさることでしょう。」 

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第七章 “霊媒を励ます” P185 )  ページトップへ


―どうすれば霊媒や霊視能力者になれるのでしょうか。
「神のために自分を役立てようとする人はみな神の霊媒です。いかにして霊を向上させるか
―これはもう改めて説く必要はないでしょう。これまで何回となく繰り返し説いてきたことだからです。自分を愛するごとく隣人を愛することです。人のために役立つことをすることです。
自分を高めることをすることです。何でもよろしい、内部に宿る神性を発揮させることをすることです。それが最高の霊媒現象なのです。霊視能力者になる方法よりは、神の光が見えるように魂の眼を開く方法をお教えしましょう。それも今のべたのと同じです」                         

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第六章 “潜在意識の機能”P175-P176) ページトップへ


他界した肉親や先祖霊からの援助を受けるにはどうすればいいでしょうか。
「あなたが愛し、あなたを愛してくれた人々は、決してあなたを見捨てることはありません。いわば愛情の届く距離を半径とした円の範囲内で常にあなたを見守っています。時には近くもなり、時には遠くにもなりましょう。が決して去ってしまうことはありません。その人たちの念があなたを動かしています。必要な時は強く作用することもありますが、反対にあなたがたが恐怖心や悩み、心配等の念で壁をこしらえてしまい、外部から近づけなくしていることがあります。悲しみに涙を流せば、その涙が霊まで遠く流してしまいます。穏やかな心、やすらかな気持、希望と信念と自信に満ちた明るい雰囲気に包まれている時は、そこにきっと多くの霊が寄ってまいります。
私たち霊界の者は出来るだけ人間との接触を求めて近づこうとするのですが、どれだけ接近できるかは、その人間の雰囲気、成長の度合、進化の程度にかかっています。
霊的なものに一切反応しない人間とは接触できません。霊的自覚、悟り、ないしは霊的活気のある人とはすぐに接触がとれ、一体関係が保てます。そういう人はスピリチュアリストばかりとは限りません。知識としてスピリチュアリズムのことを知らなくても、霊的なことを理解できる人であればそれでよいのです。とにかく冷静で受容的な心を保つことです。取越苦労、悩み、心配の念がいちばんいけません。それらがモヤをこしらえて、私たちを近づけなくするのです。」  

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第六章 “潜在意識の機能”P172)  ページトップへ


その方たちは今なお実在の人物であり、地上にいた時と同じようにあなた方のことを気遣ってくれていることを忘れてはなりません。彼らはもはや言葉で話しかけることはできませんし、あなた方もその声を聞くことはできませんが、あなた方のすぐ身のまわりにいて何かと援助してくれております。自覚なさることがあるはずですが、実際はもっともっと密接な関係にあります。彼らはあなた方の心の秘密、口に出さないでいる欲求、願望、希望、そして心配なさっていることまで全部読みとっております。そしてあなた方の魂の成長にとって必要なものを地上的体験から摂取するように導いてくれております。けっして薄ぼんやりとした、影のような、モヤのような存在ではありません。今なおあなた方を愛し、以前よりさらに身近となっている、実体のある男性であり女性なのです。                  

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第五章 “死んだらどうなるか” パートⅡ P131) ページトップへ


死ぬということは決して悲劇ではありません。今その地上で生きていることこそ悲劇です。
神の庭が利己主義と強欲という名の雑草で足の踏み場もなくなっている状態こそ悲劇です。

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第五章 “死んだらどうなるか” パート1 P133 近藤千雄訳) ページトップへ


スピリチュアリズムの真実を知ったあなた方は、その分だけを物的なもので差し引いて勘定してみたことがおありですか。つまりあなた方は地上的なものでは計れない貴重なものを手に入れられた。霊的真理という掛けがえのない高価なものをお持ちになっている。自分が霊的に宇宙の大霊と直結していることを悟られた。神の分霊であるという事実を悟られた。その神から遣わされた使者の働きかけを受けとめる心掛けも会得された。
そうしたことに比べれば、世俗的な宝はガラクタも同然です。あなた方はこれから先も永遠に生き続けるのです。すると、この地上で学んだ知識、体験から得た叡智が、俗世で追い求めている物的なものに比して、その永遠の魂にとっていかに大切であるかがお判りになるはずです。   

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻  第四章 シルバーバーチ霊団の使命 近藤千雄訳) ページトップへ


霊にかかわる分野において進歩が容易に得られることは有り得ません。もし容易であれば成就する価値がないことになります。霊的進化はもっとも成就しがたいものです。一歩一歩の向上が鍛錬と努力と献身と自己滅却と忠誠心によってようやく克ち得られるものだからです。霊的褒賞を手に入れるには奮闘努力がいるのです。

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻  第三章 "再生の原理" の哲学 P90 近藤千雄訳) ページトップへ


人生の困難は魂が向上していくための階段です。困難、障害、不利な条件――これらはみな魂の試練なのです。それを一つ克服した時、魂はいっそう充実し向上して、一段と強くそして純粋になってまいります。いったい無限の可能性を秘めた魂の潜在力が困難もなく、陰もなく悲しみもなく、苦難も悲劇も体験せずに発揮されると思われますか。もちろん思われないでしょう。
(「シルバーバーチの霊訓」第四巻 第二章“苦”の哲学) ページトップへ


人間が地上にあるのは人格を形成するためです。ふりかかる問題をどう処理していくかがその人の性格を決定づけます。が、いかなる問題も地上的なものであり、物的なものであり、一方あなたという存在は大霊の一部であり、神性を宿しているからには、あなたにとって克服できないほど大きな問題は絶対に生じません。
霊性の発達は各自が抱える問題をどう処理していくかに掛かっています。物ごとがラクに順調にはかどるから発達するのではありません。困難が伴うからこそ発達するのです。

(「シルバーバーチの霊訓」第四巻  第一章 “絶対不変の摂理” 近藤千雄訳) ページトップへ


―この世に生きる目的は霊的なものを制約するものを排除し、霊的本性が肉体を通してより多く顕現するようにすることだと私は理解しておりますが・・・

「その通りです。地上生活の目的はそれに尽きます。そうすることによって自分とは何かを悟っていくことです。自分を単なる肉体であり他の何ものでもないと思い込んでいる人は大きな幻影の中で生活しており、いつかは厳しい実在に目覚める日が来ます。その日は地上生活中に訪れるかも知れないし、こちらへ来てからになるかも知れません。こちらにいるうちの方がはるかに有利です。なぜなら地上には魂の成長と進化と顕現のための条件が全部そろっているからです。人間は地上生活中に身体機能ならびに霊的機能を存分に発揮するように意図されているのです。」

(「シルバーバーチの霊訓」第三巻  第十三章 “質問に答える” 近藤千雄訳) ページトップへ


私にとって神々は永遠不変にして全知全能の摂理としての宇宙の大霊です。私にとって神とは法則であり、法則がすなわち神です。
五感に束縛されているかぎりは神の存在、言いかえれば神の法則の働きを理解することは不可能です。神はつねに完全です。ただ現在物質の世界に人間という形態で顕現されている部分の表現が不完全だということです。それが完全な表現を求めて努力しているということです。
神とは一個の身体を具えた存在ではありません。法則です。心というものは、あなた方のような身体だけに限られたものではありません。法則を通して働いているのです。
その背後の力、すべてを支えているエネルギー、途方もなく大きい宇宙の全パノラマと、人間にはまだ知られていない見えざる世界までも支配している奇な力、それを神と呼ぶのだと結びます。

(シルバーバーチの霊訓 第三巻 第十二章 “神とは” 近藤千雄訳) ページトップへ


 ”つまり実在とは人間のお粗末な五つの感覚で捉えられるものと決めてかかっている唯物的自然科学者にとっては、

霊力は存在しないことになります。

 しかし愛は目に見えず耳にも聞こえず、色もなく味もなく寸法もないのに、立派に実感があります。

それは深い愛の感動を体験した者が証言してくれます。

 たしかに愛の力は強烈です。しかし霊の力はそれよりも無限大に強烈です。”

(シルバーバーチの霊訓 第三巻 第十一章 P170 近藤千雄訳) ページトップへ

                                                                  

 

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