大阪シルバーバーチの会 亀水忠茂

過去の読書会テキスト

                  

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(2015年12月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第七章 “難しい質問に答える”

(2015年11月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 8巻6章「婚約者を不慮の事故で失って」

(2016年12月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第八章 “大きくなったルースとポール”より

(2016年11月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第七章 “真理は法律では縛れない”より

(2016年10月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第六章 “わが子に先立たれた二組の夫婦と語る”

(2016年9月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第五章 “真の宝とは”

(2016年8月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第四章 “若き軍人と語る”

(2016年7月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第三章 “戦地でも愛読された霊訓”

(2016年6月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第一章 “二つの世界が交わる場所” & 第二章 “今なぜスピリチュアリズムか”

(2016年5月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十二章 “苦難にこそ感謝を”

(2016年4月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十一章 “みんな永遠の旅の仲間”

(2016年3月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十章 “あらためて基本的真理を”

(2016年2月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第九章 “良心の声”

(2016年1月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第六巻 第八章 “真理は無限の側面がある”

(2017年12月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第九巻 四章~五章 不変・不滅・不可避の摂理、死別の教訓

(2017年11月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第九巻 二章:活字の効用 & 三章:霊の威力

(2017年10月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第九巻 第一章 “シルバーバーチはなぜ戻って来たか”  

(2017年9月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第七章 愛すべき仲間たち――動物 

(2017年8月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第六章 明日の指導者たち ―若者にどう説くのか―

(2017年7月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第五章 質問に答える(三)―倫理・道徳・社会問題―

(2017年6月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第四章 質問に答える(二)―死後の生活―

(2017年5月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第三章 質問に答える(一)―地上生活―

(2017年4月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第二章 “自由意志”―人間はどこまで自由か―

(2017年3月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第八巻 第一章 “シルバーバーチのアイデンティティ”

(2017年2月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第十一章 “なぜ神に祈るのか”

(2017年1月用テキスト) シルバーバーチの霊訓 第七巻 第九章 “悩み多きインド” & 第十章“質問に答える”

 

2017年12月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 九巻 四章~五章 「不変・不滅・不可避の摂理」、「死別の教訓」

 

-大自然の法則を通して神の意志が働いている-
●みなさんがスピリチュアリズム(霊的真理・摂理)と呼んでおられるものは大自然の法則のことです。(中略) この法則を通して神の意志が働いているのです。 P48


●法則は無限なる叡智の働きによって完璧に機能しています。各自が受け取るのはそれまでの努力にふさわしい分だけです。 (中略) その摂理(大自然の法則)と調和して生きることです。すると良い結果が得られます。 P52


●人生は霊的価値を基盤として考えないといけません。その(霊的)価値があなたの行為の一つ一つの輝ける指標(人生の基盤)として、日々の生活の中で発揮(不安・心配等への対処)されなくてはいけません。スピリチュアリストを自任している方々は、スピリチュアリズムを死という不幸に遭遇した時だけ持ち出して、それ以外の時はどこかに仕舞い込んでおくようなことでは困ります。 P56


●地上世界には不正、不公平、不平等がよく見られます。不完全な世界である以上、それはやむお得ないことです。しかし霊的法則は完全です。絶対に片手落ちということがありません。一つの原因があれば、数学的正確さをもってそれ相応の結果(因果律)が生じます。 P63

 

-霊的覚醒に至る条件-
●悲しいかな、人間は物的次元のことがギリギリの絶望的段階に至るまで、霊的次元の真理が理解できません(霊的覚醒時期の来た人の条件)。それは実在(霊)を無視した(物的)生活に終始しているからです。物的なものだけが大切と思い込んでいるからです。しかし魂はいつかは真の自我(霊魂)に目覚めなくてはなりません。その時(霊的覚醒)から内在する神性(霊性心)が発現しはじめるのです。それも神が定めた“埋め合わせの法則”の一環なのです。苦難(心配・不安)が大きいだけ、そこから得られる悟りもそれだけ大きいものとなります。 P51


魂というものは、その奥底まで揺すぶられ、しかも物的なものでは一縷の望みさえつなげない状態下においてのみ目覚めるものであるというのが、基本的な霊的真理なのです。つまり物質界には頼れるものは何一つないとの悟りで芽生えた時に魂が蘇り、顕現しはじめるのです。P59


肉体(仮我)が衰弱するほど霊(真我)は強くなるものです。 P58

 

-心配の念-
●人間には一種の機械としての物的身体が与えられています。あなたはその身体を通して自我を表現している一個の霊(意識ある個霊・パーソナリティ)なのです。あなたが悩みを抱くと、霊と身体との間の水門(チャクラ)が閉ざされ、身体は生命力(霊力・生命エネルギー)の補給を失うことになります。補給源(霊力)とのつながりを断たれることになります。そのことに気づいて心構えを改めないかぎり、あなたの身体はその不健康な作用と反作用の法則に従いつづけることになります。心配の念はあなたの霊的大気であるオーラの働きを阻害し、その心霊的波長を乱します。その障害(悩み・心配・不安)を取り除くまでは生命力(霊力)が流れ込みません。(⇒うつ病など)
泰然自若の境地に至るには長く厳しい修行、過酷な試練、そして心配の念の侵入を許すまいとする不断の努力が要請されます。
無限の愛と叡智を有する神がこの摂理を創案したのです。完璧に出来上がっており、必ずその通りに作用します。心配することに費やしているエネルギーを建設的な思念へ転換すれば、健康上の問題は生じなくなります。
神の計画は完全であり、あなたもその計画(無限の創造活動)の中に組み込まれているのです。あなたも自分自身を完成(泰然自若の境地)しなくてはいけません。そのための(霊的成長をする)機会は日常生活の中にいくらでも用意されております。 P49


●明日のことを思い煩ってはいけません。心配の念を心に宿してはいけません(心配の念の侵入を許すまいとする不断の努力が要請される)。地上世界には何一つ怖ろしいものはありません。 P61


これからもあなたは過ちを犯します。そしてそれに対する償い(日常生活の中で霊的成長をするため)をすることになります。そうした営みの中で叡智を学んでいくべきなのです。過ちを犯すために地上へ来たようなものです。もしも絶対に過ちを犯さない完全な人間だったら、今この地上にいらっしゃらないはずです。過ちも失敗もあなたが不完全であることから生じます。しかし、転んでも起き上がることができます。取り返しのつかない過ちというものはありません。新しい希望と新しい可能性を秘めた新しい一日、新しい夜明けが必ず訪れます。 P64


思い煩ってはなりません。心配の念はせっかくの援助の通路を塞いでしまいます。私はいつも取り越し苦労はおやめなさいと申し上げております。心配の念は有毒です。悪気を生み出し、それがあたりを取り囲みます。陰湿な雰囲気で包まれてしまいます。その状態になると霊の力も突き通せなくなります。 P65

 

≪マトメ≫
●日常の問題にもちゃんとした摂理があります。それは、人のために自分を役立てる者は決して生活に不自由はしないということです。基本的には必要とするものは必ず与えられるということです。その際に大切なことは、それまでの体験によって得たもの(霊的体験・導き・叡智・悟りなどの確信)を、日常生活の中で精いっぱい生かしていく(霊主肉従)ことです。そうすることの中で、神とのつながりを強化して行くことになるからです。そのつながりが強くなればなるほど、援助と力とが流れ込む通路が内面的に奥深くなって行くのです。(霊力の受信能力)
真理を理解した人間は沈着、冷静、覚悟が身についております。恐れるということがありません。不安の念の侵入を受けつけず、無知と迷信と悩みが生み出す暗黒を打ち消します。自分に生命を与えてくれた力、宇宙を支配している力、呼吸し活動するところのものに必需品を供給する力は絶対に裏切らないとの信念があるからです。
大切なのは、ご自分の方から神を裏切らないことです。これまでに得たもの、いま受けつつあるもの、そしてそれから生まれる叡智のおかげでせっかく宿すようになった信頼を裏切るような行為をなさらないように心掛けることです。
霊的真理にしがみつくことです。これまでに自分たちに啓示されたものを信じて物事に動じないことです。一つ一つの問題に正面から取り組み、精いっぱい努力し、済んだことは忘れることです。援助は必ず与えられます。なぜなら、お二人を愛する人たち、地上にいた時より一段と親密度を増している人たちが、お二人が難題を切り抜けるように取り計らってくれるからです。  P60


『真理を真に理解した人間』・・・沈着・冷静・覚悟のある人 ⇒ この“泰然自若の境地”に至る三つの条件として、①長く厳しい修行、②過酷な試練、③心配の念の侵入を許すまいとする不断の努力があげられる。

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2017年11月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 九巻 二章:活字の効用 & 三章:霊の威力
                       
≪二章 活字の効用≫
●地上に肉体をたずさえて生まれてくるそもそもの(地上生活の)目的は、魂が“真の自我”を見出すこと、言いかえれば、宿された神性に点火し、燃え上がらせ、輝かしい炎とすることです。P35


●あなたの場合も、人生が暗く荒涼として、いずこへ向かうべきかも分からず、あたかも絶望の壁に四方を仕切られた思いをさせられていた時に、啓示をうけられました。P36


●正しい生き方さえしていれば、つまり思念に邪なところがなく、霊と精神と身体が調和していれば健康でいられるのです。日常生活のストレス心労、あるいは利己心邪心強欲が生み出す不自然な緊張――こうしたものは物的存在のすべての息の根を止める毒薬です。
もしも私の話をお聞きになられて今後も頑張ろうという気持ちになってくだされば、本日ここにお出でになられた甲斐があったことになります。思うにまかせぬことがあることはよく存じております。が、霊的な褒章を求める者にはラクな道はありませんP37


●多くの魂に感銘を与えていらっしゃいます。そしてそれは、地上で為しうる最も大切な仕事の一つなのです。 (中略) その程度はどうであれ、神の使徒として働けるわれわれは光栄この上ないことです。P35


●潜在的には無限の霊的属性を秘めておりますが、それを駆使できるようになるには、それなりの努力をしなければならないということです。P39


愛、情愛、友情、同情、慈悲、哀れみ、寛容心、こうしたものは不滅の霊性です。愛に死はないのです。死は生命に対しても愛に対しても無力なのです。いま申し上げた霊性もみな元をただせば愛の諸相なのです。P36


●交霊会が終わったあとブラザー・ジョンは、何よりもシルバーバーチの素朴さ謙虚さに一ばん心を打たれたと語り、・・・P39


―信念(信仰)と確信―

今日の読書会のマトメ
霊力は条件さえ整えば、つまり一かけらの心配の念もなく、(霊的)知識を基盤とした信仰(宇宙の法則・摂理への信頼)と体験(摂理の実践)から生まれた(霊的)確信とがあれば、時として驚異的なことをやってのけます。P34


≪三章 霊の威力≫

―霊とは生命そのもの―

地上世界のすべてが霊のおかげで存在しているのです。霊なくしては生命はありません。
なぜなら生命とは霊であり、霊は生命だからです。P45


●私たちは、霊が生命を吹き込んでくれたおかげで共通の絆を与えられているのです。そのことによって全世界の神の子が根源において結ばれていることになるからです。人間が地上でも、そして死後も生き続けることを可能にしているのは、神を共通の親として、全人類を一つの家族に結びつけているのと同じ霊力なのです。この崇高な事実こそ私たちが啓示せんとしている真理です。P42


地上生活の目的は、霊的に成長して次の生活の身支度をすること― 利他主義

●あなた方も、お一人お一人がミニチュアの大霊すなわち神です。その霊はあなた方の努力次第で生長と発達と拡大を続け、成熟して開花する可能性を秘めているのです。どこまで発揮できるかを決定づけるのはあなた自身です。他の誰もあなたに代わってあげることはできません。それが地上生活の目的なのです。あなたも大霊であることを自覚することです。そうすれば神の王国があなた自身の中にあることに理解がいくはずです。霊力は絶対に裏切りません。必需品を永遠に供給していくための摂理があり、それに順応しさえすれば、あなたは必要なものに事欠くことは有り得ません。空腹や渇きに苦しむようなことは決してありません。しかし、必要以上のものは授かりません。あなたの成長度に合ったものを授かるのであって、多すぎることも少なすぎることもなく、高すぎることも低すぎることもありません。摂理ですから、それ以外に有りようがないのです。P43 (参照 九巻 五章 P60)


霊は物質による制約には負けません。全生命の原動力であり、全存在の始原である霊は、あなたが地上生活において必要なものはすべて供給してくれます。その地上生活の目的はいたって単純です。本来のあなたである霊的本性を開発・強化して、死後に待ちかまえる次の生活の身支度をすることです。となると、ありとあらゆる人生体験――楽しいことも苦しいことも、光も蔭も、有利なことも不利なことも、愛も憎しみも、健康も病気も、その一つ一つがあなたの霊的成長にとって何らかのプラスになるということです。P44


≪参考引用≫
“真の自分を知った時、つまり霊的意識が目覚めた時、・・・(中略) それからの人生はその後に宿命的に待ちうける、より豊かで、より大きな生命の世界(霊界)への身支度のために、人のために自分を役立てることをモットーとして生きるべきです。” ⇒ 利他愛による霊的成長
(地上人類への最高の福音 シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズム普及会 P198)

 

 

―宇宙の法則(霊的摂理)への絶対的な信頼(信仰・信念)― 

●もしも霊力がはたらかなくなるようなことがあったら、地球は回転を止め、四季は巡ってこなくなることでしょう。もしも霊力が働きを中止したら、太陽の炎は消滅し、月はあの幽玄な輝きを見せなくなるでしょう。もしも霊力がしくじることがあったら、種子は花を咲かせず実を結ばなくなることでしょう。P42


≪参考引用≫
――その法則によって規制を受けないものは何一つ存在しないのです。宇宙は漫然と存在しているのではありません。莫大なスケールをもった、一個の調和体なのです。
それを解くカギさえ手にすれば、悟りへのカギさえ手にすれば、いたって簡単なことなのです。つまり宇宙は法則によって支配されており、その法則は大霊の意志が顕現したものだということです。法則が大霊であり、大霊は法則であるということです。
その大霊は、人間を大きくしたようなものでないという意味では非人間的存在ですが、その法則が人間の霊的・精神的・物質的の全活動を支配しているという意味では、人間的であると言えます。要するに、あなたがたは、人類として、宇宙の大霊の枠組みの中に存在し、その枠組みの中の不可欠の存在として寄与しているということです
(地上人類への最高の福音 シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズム普及会発行 P168)

 

●(物的表面にとらわれず)肝心かなめのものにすがることです。目を逸らしてはいけません。これこそ真実であると確信したもの(霊的摂理)にしっかりとすがることです(信念と確信)。そして煩雑な物的生活の中で何が何やらわけが分からなく時は、大霊の力と安らぎの住む内部へ逃避して(瞑想)、その雑念を忘れることです。そうすればその静寂の中にあなたにとって必要なものを見出すことでしょう(インスピレーション)。あなたという存在の組織(霊・精神・肉体)は必ず神の定めたパターンにしたがって織られていくことが大切です。そのためには一体われわれは何の目的で神によって創造されたかを忘れないようにしましょう。その神とのつながりに汚点を残すような行為は絶対にしないようにいたしましょう(摂理への順応)。そうなることが全生命の根源たる神の意図を正しく理解している者すべてに必ず与えられる恩寵に、われわれも常に浴することになるのです。P45


《参照引用》
“その摂理に忠実に生きさえすれば神の恵みをふんだんに受けることが出来ることを教えてあげたいと思ったからです。” (九巻 一章 P21)

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2017年10月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 九巻 第一章 “シルバーバーチはなぜ戻って来たか”


Ⅰ.シルバーバーチの目的・・・霊的真理の普及 
1)私は物質界に戻って霊的真理の普及に一役買ってくれないかとの懇請を受けました。そのためには霊媒と同時に心霊知識をもつ人のグループを揃えなくてはならないことも知らされました。私は霊界にある記録簿を調べあげた上で、適当な人物を霊媒として選び出しました。それはその人物がまだ母胎に宿る前の話です。P16


2)私たちに出来るのは、物質に包まれたあなた方に神の摂理を教え、どうすればその摂理が正しくあなた方を通じて運用されるかを教えてさしあげることです。ここにおいでの方にはぜひ、霊的真理を知るとこんなに幸せになれるのだということを身をもって示していただきたいのです。P22


3)なるほど神の摂理が働いているということを身をもって悟ってもらえる生き方をお教えしようとしているだけです。P23


4)私はすぐそこまで来ている新しい地球の夜明けを少しでも早く招来せんがために、他の大勢の同志とともに、波長を物質界の波長に近づけて降りてまいりました。その目的は、神の摂理を説くことです。その摂理に忠実に生きさえすれば神の恵みをふんだんに受けることが出来ることを教えてあげたいと思ったからです。P21


Ⅱ.霊的摂理の普及方法・・・奇跡を起こすか、または理性に訴えるか 

私が直面した最大の難問は、同じく地上に戻るにしても、人間が納得する証拠(死後存続の)つまり物理現象を手段とするか、それとも(霊言現象による)真理の唱道者となるか、そのいずれを選ぶかということでした。結局私は難しい方を選びました。P18


Ⅲ.説教の内容だけで勝負・・・有名人を名乗る霊には要注意!
1)同時に私は生前の姓名は絶対に明かさないという重荷をみずから背負いました。仰々しい名前や称号や地位や名声を棄て、説教の内容だけで勝負しようと決心したのです。 P18


2)結局私は無位無冠、神の使徒であるという以外の何者でもないということです。私が誰であるかということが一体なんの意味があるのでしょう。私がどの程度の霊であるかは、私のやっていることで判断していただきたい。私の言葉が、私の誠意が、そして私の判断が、暗闇に迷える人々の灯となり慰めとなったら、それだけで私はうれしいのです。P19


Ⅳ.霊的摂理を伝える対象者・・・霊的に成人した人 

自分自身の霊界生活での数多くの体験から、私は言わば大人の霊、つまり霊的に成人した人間の魂に訴えようと決意したのです。真理をできるだけ解りやすく説いてみよう。常に慈しみの心をもって人間に接し、決して腹を立てまい。そうすることで私がなるほど神の使者であることを身をもって証明しよう。そう決心したのです。 P18


Ⅴ.具体的な真理普及の内容 

1)本当の真理、本当の知識、本当の叡智を改めて説くことです。それが本物でありさえすれば、私が偉い人であろうがなかろうが、そんなことはどうでもよいことではありませんか。P19


2)私たちの願いは地上の人間に生きるよろこびを与え、地上生活の意義はいったい何なのか、宇宙において人類はどの程度の位置を占めているのか、その宇宙を支配する神とどのようなつながりをもっているのか、そして又、人類同士がいかに強い霊的家族関係によって結ばれているかを認識してもらいたいと、ひたすら願っているのです。P19


Ⅵ.我々地上人の権利と義務 

●我々の世襲の権利
1)人間も神の遺産を宿しているのであり、その潜在する神性のおかげで神の恩寵のすべてを手にする資格があります。P24


2)もしも皆さんの行く手に暗い影がよぎるようなことがあったら、もしも困難がふりかかったら、もしも疑念が心をゆさぶり、不安が宿るようなことがあったら、そうしたものはすべて実在ではないことを自分に言い聞かせるのです。翼を与えて追い出してやりなさい。 この大宇宙を胎動させ、有機物と無機物の区別なく全生命を創造した巨大な力、星も惑星も太陽も月もこしらえた力、物質の世界へ生命をもたらし、あなた方人間の意識に霊性を植えつけてくださった力、完璧な摂理として全生命活動を支配している力、その大いなる霊的な力の存在を忘れてはなりません。その力は、あなた方が見捨てないかぎり、あなた方を見捨てることはありません。その力をわが力とし、苦しい時の避難場所とし、心の港とすることです。神の愛が常に辺りを包み、あなた方はその無限の抱擁の中にあることを知ってください。 P26


● 我々の義務
1)皆さんは知識をお持ちです。霊的真理を手にされています。そしてそれを活用することによっていっそう有効な道具となる義務があります。P25


2)この絶望と倦怠と疑念と困難とに満ちあふれた世界にあって私は、まずはこうして皆さん方に霊的真理をお教えして、その貴重な知識を皆さん方が縁ある人々に広め、ゆくゆくは全人類に幸せをもたらすことになるように努力してまいりました。P25


一読者の手紙から───
≪文章の世界にシルバーバーチの言葉に匹敵するものを私は知りません。眼識ある読者ならばそのインスピレーションが間違いなく高い神霊界を始源としていることを認めます。一見すると単純・素朴に思える言葉が時として途方もなく深遠なものを含んでいることがあります。その内部に秘められた意味に気づいて思わず立ち止まり、感嘆と感激に浸ることがあるのです≫ P26

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2017年9月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 第七章 “愛すべき仲間たち――動物”


≪動物全般≫ 動物に関する新知識・・・①~⑨
●愛が愛としての本来の威力を発揮するようになれば、すべての創造物が仲良く暮らせるようになります。地球という生活環境を毒し問題を発生させる不協和音と混沌のタネを蒔くのは、人間という破壊主義者、人間という殺し屋です。すべての問題は人間がこしらえているのです。

 

●今では人間が捕食動物となっています。何百万年もの歴史の中で人間ほど破壊的な生物はおりません。

 

●───動物は再生しますか。

 

 「輪廻転生説というのがあるようですが、動物は再生しません

 

●動物には人間のような理性、理解力、判断力、決断力をつかさどる機能が仕組まれておらず、大部分が本能によって動かされているという事実から言えばその通りです。
ですから、そうした限られた一つの視点から観れば動物は〝下等〟と考えることができます。
しかし、それですべての検証が終わったわけではありません。
 動物に教えられることが多いのは当然のことです。動物は忠誠心、愛着心、犠牲心、献身といった資質をけなげに表現しますが、これは人間が学ぶべきすばらしい手本です。

 

───例えば家で飼われている猫は人間には見えない霊の存在に気づいているのでしょうか。

 

「もちろん気づいております。」

●人間に〝ならず者〟がいるように動物にも狂暴化した動物がいます。 (中略) 
ともかく善良な動物もいれば邪悪な動物もいるということです。

 

●動物実験によって何一つ役立つものが得られないというわけではありません。が、その手段は間違っていると申し上げているのです。何の罪もない動物に残酷な仕打ちをすることは霊的なことすべてに反するからです。
 人間は自分のすることに責任を取らされます。動機は正しいといえるケースも沢山ありますし、それはそれとして霊的発達に影響を及ぼします。摂理とはそういうものなのです。がしかし、神は、子等が動物への略奪と残忍な行為によって健康になるようには計画しておられません。それは改めて強調する必要を認めないほど明らかなことでしょう。
 学者が道を間違えているのはそこのところです。人間の方が動物より大切な存在である。よってその動物を実験台として人間の健康と幸福の増進をはかる権利がある、という弁解をするのですが、これは間違っております。

 

人間の場合、死産児や夭折した子の霊は地上で味わうべきであったものについて埋め合わせが行われますが、動物の場合も同じで、地上で得そこなったものについて埋め合わせがあります。

 

≪霊≫ 生命は一つ
●それらを一つにまとめている絆が〝〟です。生命は一つなのです。人間は動物とつながっているだけでなく、命あるものなら何とでもつながっているのです。ただし、それらはそれぞれに定められた進化のコースをたどります。

 

あなたがた人間に潜在している霊性と動物のそれとは質的にはまったく同じものです。(霊性の)程度において差があるだけで本質においては差はありません。

●動物の霊は、霊は霊でも人間の霊とは範疇(カテゴリー)が違います

 

≪進化≫ 人間と動物は一蓮托生
●すなわち人類が進化して動物に対する残忍な行為が少なくなるにつれて、それが動物界の進化に反映していくということです。

 

そう努力することの中で、人間と動物とが進化の道程でお互いに促進し合うことになるのです。それはすべての生命が一つだからです。物質的にはさまざまな区別がありますが、霊的には一つです。

●なぜならば、人間は動物とともに進化の道を歩むべき宿命にあるからです。ともに手を取り合って歩まねばならないのです。動物は人間の貪欲や道楽の対象ではないのです。動物も進化しているのです。
 自然界の生命はすべてが複雑にからみ合っており、人間の責任は、人間どうしを超えて草原の動物や空の小鳥にまで及んでいます。抵抗するすべを知らない、か弱い存在に苦痛を与えることは、ぜひとも阻止しなくてはなりません。
 装飾品にするために動物を殺すことは、神は許しません。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は絶対に止めなくてはなりません。物言わぬ存在の権利を守る仕事にたずさわる者は、常にそうした人間としての道徳的原理に訴えながら闘わなくてはいけません。
小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをするものです。

 

●私と同様あなたも、人類の進化が動物の世界全体と密接につながっていることをよくご存知です。

●乱獲や残虐行為の一つ一つが人間どうし、あるいは動物に対して害を及ぼすのは無論のこと、それが人間みずからの進歩を妨げることになるのです。

 

●人間は霊的属性、霊的潜在力、霊的才能をたずさえた霊的存在です。自分だけでなく他の存在、とくに動物の進化を促進することになる生き方をする能力を具えているのです。進化の生き方をする能力を具えているのです。

 

●進化が進むにつれて類魂の数は少なくなり、個別化された魂が増えてまいります。
全生命を通じて〝霊〟という共通の近親関係が存在します。生命のあるところには必ず霊が存在します。人間の残忍性は動物の進化を遅らせるという形で反映します。
それは人間の野獣性がみずからの進化を遅らせるのと同じことです。そのプロセスは同じです。


全生命は協調、すなわちそれぞれが自分を役立てるということによって互いの進化に貢献し合うように意図されているのです。
(進化のスピードの違い)
動物と人間とは、進化のある段階でどうしても別れ別れにならざるを得なくなります。地上の年数にして何万年にもなるかも知れませんが、動物と人間とでは霊的進化のスピードが違います。より大きな光を求めて絶え間なく成長していく人間の魂についていけなくて、動物は置き去りにされることになります。

 

動物はついていけなくなります。そして、死後もなお炎を燃やしつづけた愛が次第に衰えはじめます。やがて炎がチラチラと明滅しはじめ、最後は同じ種族の類魂の中へ融合していきます。

≪進化の法則≫ 両極性によって進化する
いかに美しいバラにもトゲがあります。見たところ不潔なものの中からきれいなものが出てくることがあります。大自然は両極性、多様性、付随的対照物、というパターンの中で営まれております。
絶頂があればドン底があり、晴れの日があれば嵐の日があり、無知な人がいれば知識豊かな人がおり、戦争があれば平和があり、愛があれば憎しみがあり、真実があればウソがあり、弱みがあれば強みがあります。それぞれに果たすべき役割があります。
 進化の法則はそうしたパターン以外には働きようがないのです。弱点の中に長所を見出すことがあります。暗闇の中でこそ光明が見出せるのです。困難の中にあってこそ援助が得られるのです。
夜明け前には必ず闇夜があるというのは陳腐な譬えですが、やはり真実です。これも人生のパラドックスの一つです。進化というのはそうしたパターンの中でこそ不易の目的を成就していけるのです。
 こうしたことを知ったからには、あなたは悲観なさる必要などどこにもありません。

 

●しかし進化とは一直線に進むものでないことを忘れてはなりません。上昇と下降とがあります。
スパイラルに進行します。感激的な絶頂にまで上がる時があるかと思えば、悪魔に呪われたようなドン底へ落ちる時もあります。そうした中にも計画は着実に進展し、進化が成就されていくのです。

●進化というのは螺旋形(スパイラル)を画きながら進行するものだからです。しかし全体としては少しずつ向上しています。

 

●何ごとにつけ、価値あるもの(霊的進化)は成就することが困難にできあがっているのです。もしも霊的進化がラクに達成できるとしたら、それは達成するほどの価値はないことになりましょう。

 

●もしも人間から自由意志を奪ってしまえば、インディビジュアリティを進化させ発展させていくチャンスが無くなります。 (中略) もしも人間が自由意志を奪われたら、ただの操り人形でしかなくなり、内部の神性を発揮することができなくなります。霊的本性が進化せず、地上生活の目的も果たせません。
あなたが地上に生を受けたのは、地上が霊の保育所であり、学校であり、訓練所だからです。さまざまな挑戦にあい、それを克服していく中で自由意志を行使してこそ、霊は進化できるのです。
地上生活の目的 ⇒ さまざまな挑戦にあい内部の神性を発揮して霊的本性を進化させること。

 

●霊的熟達の極印は哀れみの情にあるからです。哀れみのないところに霊的進化はありません。

 

≪動物の個性≫ 人間との縁によって発達する
人間と親密な関係にあった動物にかぎって、個体を具えたままの存続が可能なのです。そうした動物は地上にいる時から、類魂としての本能のまま生きる動物には得られない、個体としての進化が促進されております。それは人間と動物との間で霊的進化を促進し合うという、すばらしい関係の一例といえます。
動物が皆さんとともに同じ環境で過ごすということは、そうでない場合よりもはるかに人間らしい個性的な意識を発達させることになるのです。そうした〝人間的〟表現というものに縁のなかった動物は類魂の中に埋没していきます。

 

●───動物が死んで、進化を促進してくれた人間との縁が切れたら、その時点から類魂へ帰りはじめるのでしょうか、それとも、どっちつかずの状態に置かれるのでしょうか。

  「人間に可愛がられた動物は、霊界でずっと待っていて、その人が他界してきた時に出迎えます。永遠に消滅することのない個的存在を与えてくれた人ですから、必要なかぎりずっと待っています。
存続するのはその個的存在です」

 

●───すべての動物は人間との縁を通じて個的存在を獲得するように意図されているのでしょうか。つまり個としての独自の意識をもつということです。

 「そうです。人間がその思考とその行為において動物に対する愛を発揮すればするほど、動物の方も愛を発揮するようになり、それこそ、聖書の中のオオカミと小ヒツジの話のように、人間と動物とが並んで寝そべるようになります」

●動物の中には人間との接触を通じて、人間とよく似た個的意識が芽生えているものがいます。
もとより人間が動物に個別性を賦与するわけではありません。それは出来ませんが、潜在しているものを加速させることはできます。それは皆さんが精神統一その他の修行によって内部の霊的能力を開発するのと同じです。感性を具えた存在に永遠の資質を賦与することができるのは宇宙の大霊すなわち神のみです。動物の魂も本質においては人間の魂とまったく同じです。双方とも同じ神から出ているのです。違うのは質ではなく程度です。動物と人間とでは発達の法則が同一方向ではあっても別々になっております。地上に生をうけた目的を果たして霊界入りし、他界直後の余波がおさまると、両者は別れ別れになります。

 

創造物全体の進化を支配する総合的機構は一つあるだけですが、それぞれの顕現の形態にそれなりの異なった進化のコースがあります。人間が成就している個別的意識をもつに至っていない動物には、種族全体としての類魂があります。もっとも、同じ種族の動物でも人間との接触を通じて個別化を促進されて、人間に似た形態の個別的意識をもつに至っているのもいます。

 

≪因果律≫ 霊界で清算
うまく罪を免れる人は誰一人いません。摂理は間違いなく働きます。たとえ地上で結果が出なくても、霊界でかならず出ることを私が断言します。因果律はいかなる手段を持ってしても変えられません。永遠に不変であり、不可避であり、数学的正確さをもって働きます。原因があればかならず結果が生じます。それから逃れられる人は一人もいません。もしいるとしたら、神は神としての絶対的な資格である〝完全なる公正〟を失います。
 そのこととは別に、もう一つ私がいつも強調していることがあります。残念ながら人間は宿命的に(五、七十年という)ほんの短い視野しか目に入らず、永遠の観念で物ごとを考えることができないということです。あなた方には地上で発生していることしか見えませんが、その結果は霊界で清算されるのです。

●悪いことをすればその何倍もの罰を被ることになるのです。
何ものにも憎しみを抱かず、すべてに、地上のすべての生命あるものに愛の心で接することです。

 

≪試練≫ 霊的原理にしがみつく
あなたより少しばかり先輩の魂である私から、最後にひとこと激励の言葉を述べさせていただきましょう。いついかなる時も永遠の霊的原理を指標としそれに頑固にしがみついているかぎり、あなたに、絶対に挫折はありません。

 

霊の褒章は、困難に直面した時ほど最大限の信念を堅持できる人にしか獲得できないのです。 (中略) 霊界から大々的に援助を受けている事実を分かってほしいと思っている霊が大勢います。

 

●問題に直面した時はそれをどう処理するかの決断を下さねばなりませんが、そんな時いちばんお勧めするのは、瞑想状態に入って魂の奥へ引きこもり、神の声に耳を傾けることです。

 

●あなたのように闘いの最前線に身を置く者は、ひるむことのないよう鍛えられ試される必要があるのです。これまでの数々の体験は、そうした試練の中でも肝心な要素として用意されたものでした。
すなわち霊の純金を磨いて浮き出させて、イザという時に霊力を引き出し、窮地に陥った時に引きこもって安らぎを得るために、その内奥の力、内奥の避難所の存在(内部の神性)に目覚めさせることに目的があったのです。

 

その時点で正しいと思われたことをなさればよいのです。ただし、これが正しいということに確信がなくてはいけません。動機が純粋であれば、その後に派生してくるものも善へ向かいます。
万が一動機が間違っていたことに気がつかれれば、その時は自分が責めを負えばよろしい。が、闘って敗れ、しかも動機にやましいところがなければ、もう一度気を取り直して闘いを挑むのです。

 

≪その他≫
私たちから要求することは、あなた方に啓示された光明にひたすら忠実であってくださる───それだけです。自分を役立てるという目的にひたむきでありさえすれば───これ以上の崇高な宗教はないのです───自動的に莫大な霊の力を呼び寄せ、それが数々の障害を取り除き、神の慈愛あふれる意志が地上に顕現されることになるでしょう。

 

●改革は私たちの世界から鼓吹されるのですが、同時に強大な霊力を具えた輝ける存在による祝福と協力とが与えられます。あなたは是非とも為さねばならないことへの情熱を失ってはなりません。

●あなた自身も気づいていらっしゃらない要素がいろいろとあるのです。あなたも一個の人間に過ぎませんが、内部には神性という黄金の筋金が入っているのです。それこそがあなたの宝庫です。発電所です。イザという時のエネルギー源です。
内部の神性 ⇒ 霊性のこと、すなわちこれがあるから霊界の守護霊や背後霊とつながって援助が得られ、霊力を引き寄せることができるのです。・・・霊の宝庫・兵器庫
武器は霊的知識 ⇒ 霊人や霊力を引き寄せることができる。


私が常づね申し上げているのは、〝殺害〟の観念がつきまとう食糧品はなるべくなら摂取しない方がよいということです。殺すということは絶対にいけないことです。ただし、その動機を考慮しなければならない場合があることは認めます。

 

愛を発揮すれば、それだけ自分が得をするのです。憎しみの念を出せば、それだけ自分が損をするのです。摂理がそういうふうに出来ているのです。 (中略) 愛とは摂理を成就することなのです。 (中略) 情愛、共感、近親感を覚える者を愛することは容易です。しかし、とかく敵対関係になる相手を愛することがもし出来れば、それは神の御心の最高の表現であると言えます。

 

●埋め合わせと懲罰の法則というのがあります。あなたが行う善いこと悪いことのすべてが、自動的にあなたに霊的な影響を及ぼします。大自然の因果律は絶対に免れません。
因果律(大自然の中核をなすもの) ⇒ 埋め合わせの法則(償いの法則)と懲罰の法則

 

それに対するあなた方の武器は、ほかならぬ霊的知識であらねばなりません 。
所詮はそれ(霊的知識の学び)がすべての人間の生きる目的なのです。霊的知識を理解すれば、あとは欲の皮さえ突っ張らなければ、神の恩恵に浴することができるのです。

 

●一致団結というのは難しいものです。残念ながら地上においては往々にして原理・原則よりも個人的な考えが優先されます。立派な仕事にたずさわっているものの、時が経つにつれて初心を忘れ、一身上のことばかり考えるようになります。人間の煩悩の一つです。
それは、つまるところ霊的理解力の欠如から生まれております。献身的に取り組んではいるものの、それは自分の思うように進んでいるかぎりの話です。自分の考えが正しいと思うのは良いとして、それが最高でそれしかないと自惚れはじめます。これが、地上で同じ仕事にたずさわっていて、こちらへ来てからもその成就のために援助している霊を困らせる問題の一つなのです。
 あなた方に心掛けていただきたいのは、容易なことではありませんが、その種の人間に個人的見解の相違を忘れさせ、基本の原理・原則に立ち帰って、最初にこの仕事に情熱を燃やした時の目標に向かって無心に努力するように指導することです。これは今たずさわっておられる動物愛護の仕事にかぎりません。他の分野においても言えることです。たとえばスピリチュアリズムと呼ばれている思想運動においても、自己顕示欲が強い人がいて、とかく自惚れが原因となって衝突が起きていませんか?

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2017年8月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 第六章 明日の指導者たち
―若者にどう説くのか―


―霊は愛同様、非物質的で科学では証明できない―
●目に見えている表面の奥に、評価し考察し比較し分析し判断し決断を下す精神が働いております。それは物的なものではありません。人間には情愛があり、友情があり、愛があり、同情心がありますが、これらは本質的には非物質的なものです。愛を計量することはできません。
重さを計ることも、目に見ることも、舌で舐めることも、鼻で嗅いでみることも、耳で聞いてみることもできません。それでも厳然として存在し、英雄的行為と犠牲的行為へ駆り立てる最大の原動力となっております。 P155

 

●では肉体が機能しなくなると同時にその肉体を超えたものも機能しなくなると想像する根拠がどこにある―― P155 (事例:過去の寸感の項目「雑記」の“意識について”を参照)

 

 

●地上への誕生のそもそもの目的は魂が目を覚ますことにあります。もしも魂が目覚めないままに終われば、その一生は無駄に終わったことになります。 地上生活が提供してくれる教育(今月の寸感“霊的教育”参照)の機会が生かされなかったことになります。 P168

 

人生の落伍者、死後に再び始まる生活に何の備えもない、何の身支度もできていないまま霊界入りする人があまりにも多すぎるからです。 P156

 

●魂を目覚めさせるためのチャンスは地上の人間の一人ひとりに必ず訪れています。P169

 

●困ったことに、その種の麻薬は地上と接した幽界の最下層の波長に合った心霊中枢(チャクラ)を開かせるのです。それに感応してやってくる霊はその若者と同程度のもの、往々にして地上で麻薬中毒あるいはアルコール中毒だった者で、その状態から一歩も脱出できずに、相変わらずその種の満足を求めているのです。地縛状態から解放されていないのです。 P176

 

スピリチュアリズムでおはようSUN 参照:
http://ponryuu.hatenablog.com/entry/2017/06/21/093501

 

-時期の来た人とは-
●私たちは立証と論理によって得心させなければいけません。これはその人たちが霊的に受け入れる用意ができていなければ不可能なことです。そしてその受け入れ準備は、魂が何らかの危機、悲劇、あるいは病気等の体験によって目覚めるまでは整いません。つまり物質の世界には解答は見出し得ないという認識を得なければなりません。人間の窮地は神の好機であるといった主旨の諺があります。私たちはそういう方法でしか仕事ができないのです。 P165

 

あなたにこの知識をもたらしたのは、ほかならぬ悲しみです。あなたは絶望の淵まで蹴落とされたからこそ受容性を身につけることができたのです。 P166⇒“本当の自分”を見出す王道

 

-霊的実在に基盤を置く-
●しかし肝心なのは地上生活もすべて霊的実在が基本となっており物的現象とは違うという認識です。物質にはそれ自身の存在は無いのです。物質の存在は霊のおかげなのです。物質は外殻であり、外皮であり、霊が核なのです。
肉体が滅びるのは物質で出来ているからであり、霊が撤退するからです。老いも若きも地上の人間すべてが学ばねばならない大切な教訓は、霊こそ全生命活動の基盤だということです。
地上生活におけるより大きな安らぎ、より一層の宿願成就のカギを握るのは、その霊的原理をいかに応用するかです。すなわち慈悲、慈愛、協調的精神、奉仕的精神といった霊的資源を少しでも多く発揮することです。(⇒ 結果として霊的成長につながる道)
人間世界の不幸の原因は物質万能主義、つまりは欲望と利己主義が支配していることにあります。 P161

 

●私たちは熱狂的雰囲気の中での集団的回心の方法はとりません。そんなものは翌朝はもう蒸発して消えています。 P165 ⇒ 自己宣伝にすぎず、マスメディアによる普及活動の否定

 

-霊的教育-(別紙参照)
●霊的自我に目覚めたその魂にとっては、その時から本当の自己開発が始まるのです。そして霊的知識に照らして自分の人生を規制するようになります。自然にそうなるのです。それによって内部の神性(P161参照:慈悲、慈愛、協調的精神、奉仕的精神など)がますます発揮され、霊的に、そして精神的に大きさと優雅さが増してまいります。 P165

 

●もとより霊的開発に手っ取りばやい方法があるかに思わせることは断じてあってはなりません。それは絶対に有り得ないことです。霊の宝は即座に手に入るものではありません。努力して求めなければなりません。霊的熟達には大変な修行が必要です。 P160

 

この道に近道はないのです。が、あなたもせめて物的自我から撤退して静かな瞑想の時をもち、受け身の姿勢になることはできます。それがあなたの家族を見守っている霊とのより緊密な接触を得る上で役立ちます。 P163

 

●容易な手段で得られたものは容易に棄て去られるものです。(P165参照)
霊的熟達の道は長く、遅々として、しかも困難なものです。霊の褒賞は奮闘努力と犠牲によってのみ獲得されるのです。 霊的卓越には近道はありません。即席の方法というものはありません。奮闘努力の生活の中で魂が必死の思いで獲得しなければなりません。

 

聖者が何年もの修行の末に手にしたものを、利己主義者が一夜のうちに手にすることが出来るとしたら、神の摂理はまやかしであったことになります。それはまさしく神の公正を愚弄するものです。一人ひとりの魂が自分の努力によって成長と発達と進化を成就しなくてはならないからです。そうした努力の末に確信を得た魂は、もはや霊的真理をおろそかにすることは絶対にありません。 P166

 

あなたの責任はあなたの能力の範囲内でベストを尽くすことです。やってあげられるだけのことはやったと確信したら、あとのことは忘れて、次の人のことに専念なさることです。これは非情というのとは違います。霊力は、それを受け入れる用意のない人に浪費すべきものではないのです。 P170

 

●あなたは人生の目的を理解し、無限の愛と叡智から生み出された雄大な構想(神のプラン:創造、進化発展)の中に自分も入っているのだという認識をもって、人生の大冒険に立ち向かうことができます。それは何ものにも替えがたい貴重な財産です。霊的兵器を備えられたのです。
あなたは人生での闘いに臆することなく立ち向かい、いかなる事態に置かれても、自分には困難を克服し障害を乗り越え、霊的品格と美質と強靭さを身につけていく力が秘められているとの自信をもつことができます。それであなたも宇宙の大霊に貢献していることになります。P173

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2017年7月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 第五章 質問に答える(三)
―倫理・道徳・社会問題―


―物的な幸せと霊的な幸せは両立するのか―
――今の世の中は物質中心だと言われております。でも家族を養っていくためにはある程度は物質中心にならざるを得ません。あまりにスピリチュアリズム的になりすぎると経済的に苦しくなることが懸念されるのですが、その境目をどこに設けたらよいのでしょうか。

“「まず神の御国と神の義を求めよ。しからば全てそれらのもの汝らに加えられるべし」”
(マタイ6.33)

 

――両方とも可能だということですね?

 

当然です。が、優先すべきものをちゃんと優先させ、霊的真理を忘れなければ、物質面をおろそかにすることはないはずです。私は物質界に生きる人間としての責務を回避すべきであるかに説いたことは一度もありません。霊的存在として優先すべきものをちゃんと優先させ、その上で物的人間としての責務も忘れないということであらねばなりません。霊をおろそかにしてもいけませんし、精神をおろそかにしてもいけませんし、身体をおろそかにしてもいけません。責任をもつべきことを回避してはいけません” P128

 

―地上生活の目的―
地上生活の目的は霊が死後に迎えるより大きな生活に備えることです” P133

 

“人間の判断は物的観察だけに基づいておりますが、人生の目的はもともと霊的なものなのです。その永遠のいとなみを、この地上生活という一かけらでもって判断しようとすると誤ります” P144

 

―霊的真理を手にした者は心配してはいけない―
真理を手にした者は心配の念を心に宿すようなことがあってはなりません。地上社会にはずっとトラブルが続いております。霊的な原理が社会秩序の拠って立つ基盤とならないかぎり、トラブルは絶えないでしょう。唯物的基盤の上に建てようとすることは流砂の上に建てようとするようなものです。内部で争いながら外部に平和を求めるのは無理な話です。憎しみと暴力と敵意をむき出しにして強欲と怠慢をむさぼっている者が群がっている世界に、どうして協調性が有り得ましょう。” P121

 

いったん霊的真理に目覚めた以上、今日や明日のことを心配してはなりません。あなた方の霊に危害を及ぶことはけっしてありません。自分の知っていること、これまでに自分に明かされた真理に忠実に生きていれば、いかなる苦難がふりかかっても、いささかも傷つくことなく切り抜けることができます。地上で生じるいかなる出来ごとも、あなた方を霊的に傷つけたり打ちのめしたりすることは出来ません。ご自分の日常生活をご覧になれば、条件が整ったときの霊の威力を証明することがいくらでもあるはずです。
残念ながらこうした重大な意味を持つ真理に気づいている人は少数であり、まだ多数とは言えません。大多数の人間は物量、権力、支配、暴虐、隷属(させること)こそ力であると思い込んでおります。しかし神の子はすべて身体と精神と霊において自由であるべく生まれているのです” P122

 

霊は物質に優ります。神の霊、大霊こそが宇宙の絶対的支配力なのです。そこで私はいつも申し上げるのです―心を強く持ち、背筋を真っすぐに伸ばして歩みなさい。この世に、そして霊の世界にも、恐れるものは何一つありません、と。最後はきっとうまくいきます” P123

 

――残念なことですが、苦難に遭うと不幸だと思い、邪険になり、卑屈になっていく人が多いようです。

 

“それは結局のところその人の人生に確固とした土台がないからです人生観、宗教観、それに物の観方が確固とした知識を基盤としておれば、いかなる逆境の嵐が吹きまくっても動じることはないはずです。これも人生の一コマだ、すべてではなくホンの一部にすぎないのだという認識ができるからです” P141

 

―生命は神のもの―
(殺人)
“人間は生命を創造することはできませんし滅ぼすこともできません。生命が機能するための器官を提供することはできます。その器官を破壊することもできます。しかし生命は神からの贈りものであり、人間のものではありません。生命は神が人間に託した責務です” P136

 

(植物人間)
“しかし霊的な目をもって見ることができるようになるまでは、つまり永遠の価値基準を理解できるようにならないかぎり、あなたの判断はどうしても誤りに基づいたものとなります。私はいわゆる植物人間を安楽死させることには全面的に、そして文句なしに反対です。ただし、そこにはやむを得ない動機がありうることは認めます。しかしそれは問題を解決したことにはなりません” P136

 

(中絶)
“あなた方人間には生命を創造する力はないのです。あなた方は生命を霊界から地上へ移す役しかしていないのです。その生命の顕現の機会を滅ぼす権利はありません。中絶は殺人と同じです。/ 中絶されればその霊は、たとえ未熟でも霊的身体に宿って生き、生長しなければなりません。中絶によって物的表現の媒体を無きものにすることはできても、それに宿っていた霊は滅んでいないのです。/ いつの日かその人たちはその中絶行為のために地上に誕生できなかった霊と対面させられることになるという事実を知れば、そうした行為はずっと少なくなる
ものと私は考えております。妊娠の瞬間からそこに一個の霊としての誕生があり、それはけっして死ぬことなく、こちらの世界で生長を続けるのです” P131

 

(安楽死)
“安楽死の決定権はもともと医師などに与えるべきものではないのです。現実の事実を直視してみてください。大半の医師の物の観方は唯物的です。その医学的知識は人間が身体のほかに精神と霊とから成っていることを認識していない唯物思想を基盤としています。少なくとも医学会においては人間は脳を中枢とする身体、それに多分ある種の精神的なものをも具えた物質的存在であり、霊というものについての認識はゼロに等しいのです。そうした、人生でもっとも大切なことについてまったく無知な人たちに、そのような生死にかかわる決定権がどうして預けられましょうか” P142

 

(死刑)
“殺人を犯したからといってその犯人を殺してよいということにはならないということです。地上の人間は正義と復讐とを区別しなければいけません。/ 何の準備もできていない人間を霊界に送り込むことは、ますますトラブルのタネを増やすことになるのです” P151

 

―地上は比較対照の世界―
“私は、苦しみさえすれば自動的に人間性が磨かれるとは決して申しておりません。苦難は地上にいるかぎりは耐え忍ばねばならない、避けようにも避けられない貴重な体験の一つで、それが人間性を磨くことになると言っているのです。たびたび申し上げておりますように、青天の日もあれば雨天の日もあり、嵐の日もあれば穏やかな日もあるというふうに、一方があれば必ずもう一方があるようになっているのです。もしも地上生活が初めから終わりまで何一つ苦労のない幸せばかりであれば、それはもはや幸せとは言えません。幸せがあることがどういうことであるかが分からないからです。悲しみを味わってこそ幸せの味も分かるのです。苦労が人生とは何かを分からせる手段となることがよくあります。苦難、悲哀、病気、危機、死別、こうしたものを体験してはじめて霊的な目が開くのです。それが永遠の実在の理解に到達するための手段となっているケースがたくさんあります” P140

 

“たとえば、なぜ苦しみがあるのか、いたいけな子供がなぜ苦しまなければならないのか。痛み、病気、面倒、危機、こうしたものがなぜあるのか。そういう疑問を抱かれるようですが、それもすべて霊の進化という永遠の物語の一部なのです。その中には地上に誕生してくる前に、みずから覚悟しているものもあるのです。霊的な身支度を整える上で学ぶべき教訓を提供してくれる、ありとあらゆる体験を経ないことには成長は望めません。とどのつまりは、それが存在の目的なのです。こうしたことは前にも申し上げました。光の存在に気づくのは暗闇があるからこそです。もしも暗闇がなければ、光とはいかなるものかが分かりません。埋め合わせと懲らしめの原理というのがあります。神は厳正なる審判者です。差し引き勘定がきっちりと合わされます。決算書を作成するときが来てみると帳じりがきっちりと合っています。
どうか同情心はこれからも持ち続けてください。しかし同時に、見た目に気の毒なこと、理解に苦しむことの裏側にも必ずちゃんとした意味があることを理解するようにつとめてください
永遠の時の流れの中にあっては、数時間や数日は大して意味はありません。大切なのは魂に及ぼす影響です” P146

 

地上生活期間を永遠で割ると無限小の数字になってしまいます。その分数の横線の上(分子)にどんな数字をもってきても、その下にあるもの(分母)に比べれば顕微鏡的数字となります” P150

 

―動機は正しいか―
“人間には相対的条件下での自由意志が認められております。定められた人生模様の枝葉末節なら変えることができますが、その基本のパターンそのものを変えることはできません。定められたコースを自分で切り抜けていかねばなりません。ただ、地上の人間は、一人の例外もなく、絶対的支配力である霊力の恩恵にあずかる機会が与えられております。みずから求めるのでないかぎり、永遠に暗闇の中で苦しめられることはありません。何よりも動機が最優先されます。その行為が正しいか間違っているかは動機いかんに掛かっているのです。その摂理は動かしようがありません” P150

 

何事をするにも、まず動機に間違いがないようにしなくてはいけません” P152

 

―愛は摂理の成就なり―
愛とは神の摂理を成就することです。お互いが霊的兄弟であり姉妹であり、全人類が霊的親族関係をもった大家族であることを認識すれば、お互いに愛し合わなければならないということになります。” P121

 

愛とは摂理のことです。神の御心です。なぜなら、神そのものがすなわち愛だからです。したがって神の御心に適った生き方をしていれば、それは愛を表現していることになります。私のいう愛とは慈悲の心、奉仕の精神、犠牲的精神、要するに自分より恵まれない者のために自分の能力の範囲内で精いっぱい援助しようとする心を言います。自分のことをかえりみず、助けを必要とする人のために出来るかぎりのことをしてあげようとする心、それが愛なのです”P126

 

後になって恥ずかしく思ったり、自分が手にした真理に忠実でなかったと思うようなことをしてはいけないということになります” P128

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2017年6月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 四章 質問に答える(二)―死後の生活―


今月のテキストの内容は、今月の寸感“死とは”も参考にしてください。

 

色即是空
●“また、物的身体というものも、今あなたがおっしゃった通り原子で出来ているのです。原子はさらに細かく分析できますが、そのうち計量器では分析できない段階に至ります。するとその原動力は物的なもの、形あるものではないことになります。つまり物質が形あるものというのはそう見えるというだけのことということになります。固いと思うのは錯覚なのです”P90

 

霊と霊の関係
●―人間にはなぜ顔があるのでしょうか。
“それは、個性というものがそれぞれの魂の刻印だからです” P82

 

●―なぜそちらの世界に行ってからも身体が必要なのでしょうか。
“霊はその個性に応じて自我を発揮するためには何らかの形体が必要なのです。/ 霊は何らかの形体をとらないことには存在が認識されません” P82

 

●“地上と霊界の違いは、地上ではさまざまな発達段階の人がいっしょに生活できることです。こちらでは同じレベルまで発達した者としか会えません。” P81

 

●“あなたの交信レベルは霊的に同じレベルの者との間でしかできません。自分より上のレベルの者とはできません。そのレベルまで霊的に成長するまでは、そのレベルのものが受け入れられないからです”P77

 

●“あなた方地上の人間は最低から最高にいたる、ありとあらゆる霊的影響力にさらされることになります。が、実際に引き寄せるのは自分と同じ霊格をもった霊だけです。邪悪な人間は邪悪な霊を引き寄せ、心清き人は心清き霊のみを引き寄せます。それが自然の摂理なのです。
 自分の肉体が無くなったことに気づかず、霊的には死者同然のような霊が無数にいることを私たちの責任であるかに思っていただいては困ります。それはあなた方が地上でやるべき仕事です。つまり肉体の死後にかならず訪れる次の生活に備えさせるように指導することです” P94

 

思念の力
●“あなたは自分が思考していることを自覚していらっしゃる。が、思念は見えることも聞くことも、重さや大きさを計ることもできない。物理的な計量方法がないわけです。なのにあなたの行為のすべてに思念が責任を負っています。思念の方が行為に先行しているからです。
思念なくして行為は生まれません。
あなた方の世界では考えたことが行為として具体化します。私たちの世界では考えたことが霊的実在として具体化し、それには、あなた方にとって物質の世界が実感があるように、私たちにとって実感があります。要は相対上の問題です。あなた方にとって物質に実感があるように、私たちにとっては思念に実感があるということです” P88

 

物質界・・・思念として考えたこと → 行為によって思念が現象として具体化
霊界・・・・思念として考えたこと → 考えることによって思念が霊的実在として具体化

 

●“すべては意識している場の問題です。船に乗っている夢を見れば、眠っている間はそれが現実です。夢だったと思うのは目が覚めた時です。そして船は幻だったことになります。もしも永遠に夢を見続けるとしたら、その夢の生活が現実となることでしょう。目が覚めている間は地上生活が実感があるように、その夢の状態が実感があるように思い続けることでしょう。今のあなたは夢を見ているのではないという確証はどこにあるのでしょうか?もしかしたら、ここにいる人たちといっしょに同じ夢を見ているのかも知れないということも考えられるのです。こんなことを申し上げるのは、地上には霊的実在に目覚めていないという意味で地上生活という夢を見続けている人間が無数にいるからです。その夢から覚めて、ようやく自分は肉体ではないという自覚を得るのです。何度も申し上げているように、あなた方は肉体をたずさえた霊であって、霊をたずさえた肉体ではないのです。これは大変な違いです” P91

 

●“霊界にも庭園もあれば家もあり、湖もあれば海もあります。なぜかと言えば、もともとこちらこそが実在の世界だからです。私たちは形のない世界で暮らしているのではありません。私たちもあい変わらず人間的存在です。
ただ肉体をもたないというだけです。大自然の美しさを味わうこともできます。言葉では表現できない光輝あふれる生活があります。お伝えしようにも言葉がないのです” P115

 

●ここでメンバーの一人が「思考とは別に物質界には客観的存在物があります。丘のように誰にでも見えるものがあります。霊界にも各自の思考とは別に客観的存在物があるのでしょうか」と聞くと、

“各レベルにおいてあなたのおっしゃる客観的存在物がそこに住む人にとって同じように映ります。丘があり川があり、小鳥がさえずり、花が咲き、樹木が茂っております。そのすべてに実感があります。”    P89

 

 

死とは・・・・寸感 “死とは” を参照

“死とは物的身体から脱出して霊的身体をまとう過程のことです。少しも苦痛を伴いません。ただ、病気または何らかの異常による死にはいろいろと反応が伴うことがあります。それがもし簡単にいかない場合には霊界の医師が付き添います。
そして、先に他界している縁者たちがその人の〝玉の緒〟が自然に切れて肉体との分離がスムーズに行われるように世話をしているのを、すぐそばに付き添って援助します。
 次に考慮しなければならないのは意識の回復の問題ですが、これは新参者各自の真理の理解度に掛かっています。死後にも生活があるという事実をまったく知らない場合、あるいは間違った来世観が染み込んでいて理解力の芽生えに時間を要する場合は、睡眠に似た休息の過程を経ることになります。 その状態は自覚が自然に芽生えるまで続きます。長くかかる場合もあれば短い場合もあります。人によって異なります。知識をたずさえた人には問題はありません。
物質の世界から霊の世界へすんなりと入り、環境への順応もスピーディです。意識が回復した一瞬は歓喜の一瞬となります。なぜなら、先に他界している縁のある人たちが迎えに来てくれているからです”
P103

 

霊的身体について・・・・寸感 “死とは” を参照

●“あなたには沢山の身体が具わっています。
それらを幽体だのエーテル体だの霊体だのと呼んでおられるのですが、あなたはそのうちのいずれか、つまりそれまで到達した霊的進化のレベルの自我を表現するのに似合ったものを使用します。
そしてさらに進化すると、昆虫が脱皮するようにそれを脱ぎ棄てます。つまりあなたは常にその時点での霊格にふさわしい身体で自我を表現しているわけです。死後の身体はそういう過程をたどります。それが無限に続くのです” P104

 

●“こうして霊が浄化していくに伴って、その段階にふさわしい表現機関として次々と新しい身体を必要とします。霊的身体はたくさんあるのです”

──たくさんあるとすると、死ぬ時はどうなるのでしょうか。一つひとつ脱け落ちていくのでしょうか。
“進化するごとに身体を脱ぎ替えていきます”

──ということは、われわれは何度も死をくり返すわけですか。
“そうです。ただし霊が死ぬのではありません。表現の媒体が変わるということです”

──いずれは幽体を脱ぎ棄てる時期がくるわけですが、それも死ですか。
“そうです。肉体が役目を終えて棄て去られるのと同じです”

──われわれは何度も死ぬわけですね。
“そうなります。が、それは有難いことなのですよ。進歩していることを意味するからです” P106

 

●“霊的身体は霊格が高くなるほど成熟していきます。霊界での成長は成熟するということです” P81

 

●“霊は生命であり生命は霊です。霊としてのあなたは無始無終に存在しております。それが現段階において受胎の瞬間から個性ある霊となったわけです。個霊としてのあなたの進化は今後さまざまな身体を通して続けられます。そして進化すればするほど個性が発現されます”P93

 

●“地上の霊能者が使用する霊視力と同じものをもっておれば人体も見えますが、一般的に言えば霊は人間の霊体を見ている場合の方が多いです。
今の私にはこの部屋の物体は何も見えません。ご出席のみなさんの霊体だけが見えております”
P113

 

その他

●“あなた方の地球は無数に存在する生活の場の一つにすぎません。 / あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります。宇宙は無限に広がっているのです“  P100

 

●“地上生活の究極の目的は、人間が霊的成長のある段階において、物的現象の世界のウラ側に存在する実在に気づくように、さまざまな体験を提供することです” P117

●“そうして発達を続けていくうちに霊的真理の実相を悟って、もはやその理解のために比較対照というものを必要としなくなる段階に至ります。それは地上においても達成できるものです。
つまり知的な思考による理解を超えた〝悟り〟を地上生活中に得ることができます
。それは私たちの世界へ来てから比較対照が無くても実在が理解できるようになるのと同じ段階です” P95

 

●“宇宙で愛ほど強力な引力はありません。愛でつながった人はけっして離ればなれにはなりません” P114

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2017年5月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 三章 質問に答える(一)―地上生活―


Ⅰ.発達(development肉体の発達)と進化(evolution 霊的向上)
●人間的要素(種の発達)はアメーバ―の段階的発達の中で発生します。そして人類へ向けて絶え間ない発達過程を続けます。/ 人間としての意識に目覚めた段階で、つまり自我意識をもつに至ったときに、いわゆる人間となります。⇒ 種から個霊へ  P45


Ⅱ.霊が身体に宿る時期
●潜在的には受胎の瞬間から人間であり、人間性のすべてを宿しております。P47

 

●大半のケースにおいて、霊は地上で果たさねばならない目的をもって生まれてきます
そしてその仕事に合った身体に宿ります。ただ、自分は地上でかくかくしかじかのことをしようと決意したその仕事に実際に目覚めるまでには相当な時間を要します。P48


Ⅲ.物的身体に関連して
●誕生の瞬間から肉体は死へ向かいます。この現象は誰にも変えられません。もともと肉体は不老不死を目指すようには意図されていないのです。本性そのものが儚い存在であることを自覚しております。従わねばならないサイクルというものがあるのです。まず、ゆっくりと機能的成熟を目指します。成熟すると同時に、やはりゆっくりと、全機能が衰えはじめます。P49

 

「つい(終)にゆく道とはかねて知りながら、昨日今日とは思わざりしを」(伊勢物語 在原業平)
人はみな「朝には紅顔あって、夕には白骨となれる身なり」(浄土真宗 蓮如)

 

宇宙の摂理について知り得たかぎりの真実を有りのままに述べている私を責めてもはじまりません。私は、私が間違いない真理だと信じたものを欺くようなことは申せません。目的とすべき理想、霊的真理に基づいた処世訓、それを忠実に人生に応用すれば、霊としての当然の遺産であるべき豊かさをもたらせてくれるもの、それをお教えするだけです。
最終的にどう決めるかはあなたご自身です。P52

 

私たち霊団は私たちのやり易い時に、私たちのやり易い方法でやるしかありません。あなた方の都合に合わせるわけにはいかないのです。P58

 

良心が命じたことに素直に従わなくてはいけません。最終的には自分自身が裁判官なのです。/動機さえ正しければ絶対に間違っていません。何よりもまず動機が最優先されるのです。P58

 

あなた方も元来が霊的存在であって、それが今は物的身体を通して自我を表現しているにすぎないという、この基本的真理をつねに念頭においてください。霊をたずさえた肉体ではなく、肉体をたずさえた霊だということです。その認識のもとに内部の霊性をできるだけ多く発揮することになるような生活を心掛けることです。P58 ⇒ 「霊主肉従の努力」と「利他愛の実践」

 

●あなたの行為はすべてあなたが到達した霊的自覚の程度によって支配されるのです。P70


Ⅳ.寿命の問題
●地上は体験学校のようなものです。/あなたはその不完全な世界で少しでも多くの完全性を発揮しようとしている不完全な存在です。ですから、自分なりの最善を尽くしておれば、それでいいのです。それ以上のものは要求されません。P60

 

●ですから、仕事上の厄介なできごとを、神が与えてくれた挑戦のチャンスとして感謝して受け止めることです。それを処理していくことで結果的にあなたがそれだけ霊的に成長するのです。もしも仕事仲間の中にあなたの信念についていけないという人がいたら、もしもその人の信念に迷いが見えはじめたら、その時は構わず見捨てることです。果たすべき大目的についての荘厳な洞察力を抱き続けている人とのみ仕事をなさることです。P60

 

―人間の寿命は前もって決められているのでしょうか。

●霊と肉体とは一体不離です。そして地上生活の期間、いわゆる寿命が切れる時期は大方の場合あらかじめ分かっております。P61

 

霊 ⇒ ①地上生活(肉体をまとって人間となる) ⇒ 霊が魂(カルマを持つ個霊)となる ⇒ ②地上で様々な体験を積む ⇒ ③死(肉体を脱ぎ捨て魂を開放する)⇒ ④魂(個霊)として霊界へ ⇒ 何度か再生を繰り返す ⇒ 地上で霊的覚醒と霊的成長を始める ⇒ 霊界で永遠の巡礼の旅へ(より高度な霊的成長の旅)

 

①肉体を霊から切り離して考えることはできません。/ あなたという一つの統一体すなわち霊魂を構成しているのです。P61 ⇒ 霊が肉体をまとって個性(自我意識)を持ち始める

 

②地上というほんの一時的な生活の場にすぎません。P68 ⇒ 地上は魂の孵卵器 

 

③それ(死)は霊を解放するという役目を果たすことになるのです。P62 ⇒ 殻からの魂の解放

 

④死が階段を一つ昇ったことを意味する。P67 ⇒ 魂が次のステージ(霊界)へ移行

 

Ⅴ.事故・災害による死について
●たとえ地上で60歳、70歳、もしかして100歳まで生きたとしても、無限の時の中での100年など一瞬の間にすぎません。P71

 

●大自然の摂理の働きに偶然の出来事というものはありません。あなたは霊のために定められた時期に地上を去ります。しかも多くの場合その時期は、地上へ誕生する前に霊みずから選択しているのですP71

 

●明るい側面と同時に暗い側面も体験しなければなりません。蓮の台の生活では魂は成長しません。困難と闘争と危機の時にこそ魂は自我を発揮するのです。あなたにはそれが得心できないお気持ちは分かります。地上的感覚でお考えになっているからです。しかし永遠の観点から見れば、恵まれた条件よりも困難な事態の方が有り難いことなのです。P72

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2017年4月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 二章 “自由意志”―人間はどこまで自由か―


Ⅰ)宇宙の法則 
●バイブルにあるように(利他)愛とは神の摂理を成就することです。P33


●法則の裏側にも法則があります。物的法則(因果律など)だけではありません。精神的法則(精神的成長など)もあり、霊的法則(神の愛など)もあります。P37


●時間そのものには過去も未来も無いのです。P41(太陽の動き。相対的なもの)


●補完の摂理・・・男性×女性、理性×直感など P32

 

Ⅱ)自由意志の制約・・・因果律(世の中に偶然はない)
              カルマ((因果律)
              霊性レベル(行為の制約)

人生に偶然はありません。偶発事故というものはありません。偶然の一致もありません。/そこには必ず自然法則が働いております。人間もその法則の働きの外には出られません。P32

 

●このカルマも非常に大きな要素となっております。なぜなら、地上に誕生してくる人の中にはあらかじめそのカルマの解消を目的としている人が少なくないからです。たとえ意識にのぼってこなくても、その要素が自由意志にもう一つ別の制約を加えております。P38


●たとえば人を殺める行為は誰にでもできます。が、その行為に至らせるか否かは、その人の精神的ならびに霊的進化によって決まることです。ですから、あなたに選択の自由があるとはいっても、その自由はその時点でのあなたの霊的本性によって制約を受けていることになります。・・・パラドックス(矛盾)P38


●あなたがた人間は受信局と送信局とを兼ねたような存在です。純粋に自分自身の考えを生み出すことはきわめて稀です。地上のラジオやテレビにチャンネルとかバイブレーション―フリークエンシー(周波数)が適切でしょう―があるように、人間にもそれぞれフリークエンシーがあって、その波長に合った思想、観念、示唆、インスピレーション、指導等を受信し、こんどはそれに自分の性格で着色して送信しています。それをまた他の人が受信するわけです。
その波長を決定するのは各自の進化の程度です。霊的に高ければ高いほど、それだけ感応する思念も程度が高くなります。ということは、発信する思念による影響も高度なものとなるわけです。P39

Ⅲ)再生問題・・・誕生前に人生の目的を決めている。不達のときはやり直し。
●内部に宿る神性に目覚めるか(霊的覚醒)、それともそれを無視するかです。無視すれば霊的向上は望めません。霊的な身支度ができないまま私たちの世界にやってまいります。そうしてもう一度初めからやり直さなければなりません。P34


魂は、再生するに当たってあらかじめ地上で成就すべき目的を自覚しております。その自覚が地上で芽生えるまでには長い長い時間を要します。魂の内部には刻み込まれているのです。それが芽生えないままで終わったときは、また再生して来なければなりません。首尾よく自覚が芽生えれば、ようやくその時点から、物質をまとった生活の目的を成就しはじめることになります。P39

 

Ⅳ)物的本性 
物的なものはその本性そのものが束の間の存在ですから、いつかは滅ぶ運命にありますが、霊的なものは永遠に不滅です。(容姿や顔など:カトレアの花)P33


(参照)
誕生の瞬間から肉体は死へ向かいます。この現象は誰にも変えられません。もともと肉体は不死を目指すようには意図されていないのです。
(物的なものは)本性そのものが儚い存在であることを自覚しております。従わねばならないサイクルというものがあるのです。まず、ゆっくりと機能的成熟を目指します。成熟すると同時に、やはりゆっくりと全機能が衰えはじめます。そして、リンゴが熟すると自然に木から落ちるように、肉体も与えられた寿命をまっとうして死を迎えます。P49


⇒容姿や顔などの肉体美になぜ差があるのか、男女の性差と性欲とは、美とは。
他者への優越感(容姿や社会的地位、名声、富、学歴、血筋などのブランド)と所有欲


[マトメ]
●あなたはミクロの大霊なのです。大霊が具えている神性のすべてをあなたも所有しており、それを開発していくための永遠の時が用意されているのです。P37


●すべての道は造化への霊的大始原に通じております。/そして地球という惑星上の全生命は究極において唯一の霊的ゴールに通じる道をたどりつつ永遠の巡礼の旅を続けております。P33


進化することが自然の摂理だからです。霊的進化も同じ摂理の顕れです。P36

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2017年3月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 八巻 一章 “シルバーバーチのアイデンティティ”


―シルバーバーチとは―
●私は実はインディアンではありません。あるインディアンの幽体を使用しているだけです。それは、そのインディアンが地上時代に多彩な心霊能力をもっていたからで、私がこのたびの使命にたずさわるように要請された際に、その道具として参加してもらったわけです。私自身の地上時代はこのインディアンよりはるかに古い時代にさかのぼります。
このインディアンも、バーバネルが私の霊媒であるのとまったく同じ意味において私の霊媒なのです。私のように何千年も前に地上を去り、ある一定の霊格を具えるに至った者は、波長のまったく異なる地上圏へ下りてそのレベルで交信することは不可能となります。そのため私は地上において変圧器のような役をしてくれる者、つまりその人を通して波長を上げたり下げたりして交信を可能にしてくれる人を必要としたのです。 P10


●―あなたは代弁者にすぎないとおっしゃってますが、その情報はどこから伝達されるのですか。との質問に答えて


数え切れないほどの中継者を通じて、無尽蔵の始原から届けられます。その中継者たちは真理の本来の純粋性と無垢の美しさが失われないようにするための特殊な仕事を受け持っているのです。あなた方のいう高級霊のもとに大霊団が組織されています。が、高級などという表現をはるかに超えた存在です。神の軍団の最高司令官とでも言うべき位置にあり、それぞれが霊団を組織して責務の遂行に当たっております。 (中略)
忘れないでいただきたいのは、私たちはすべて(今のべた最高司令官による)指揮、監督のもとに仕事をしており、一人で勝手にやっているのではないということです。” P13
⇒“その教えは私個人の所有物ではないのです。”P20


―霊的真理・摂理とは―
●私はただひとえに私の申し上げることによって判断していただきたいと望み、理性と知性と常識に訴えようと努力しております。 P12


●私は何一つややこしいことは申し上げておりません。難解な教理を説いているわけでもありません。自然の摂理がこうなっていて、こういう具合に働くのですと申し上げているだけです。そして私はつねに理性に訴えております。そうした摂理の本当の理解は、それを聞かれた方がなるほどという認識が生まれた時にはじめて得られるのです。何がなんでも信じなさいという態度は私たちの取るところではありません。 (中略) 理性によって協力が得られないとしたら、それは指導者としての資格がないということです。 P17


●なのに地上の人間はなぜ知識よりも無知を好み、真理よりも迷信を好み、啓示よりも教理を好むのでしょうか。 P16


―他界に持ち帰ることのできる真に価値あるもの―
私たちの世界では地上でどんな肩書き、どんな財産をもっていたかは問題にされません。
要はその人生で何を為したかです。
私たちは魂そのものを裁くのです。財産や地位ではありません。魂こそ大切なのです。地上では間違ったことが優先されております。あなたのお国では黄金の仔牛の崇拝の方が神への信仰心をしのいでおります。圧倒的多数の人間が神よりもマモン(富の神)を崇めております。それが今日のアメリカの数々の問題、困難、争いごとの原因となっております。 P12


●ここにおいでの皆さんの多くはみずから地上への再生を希望し、そして今この仕事にたずさわっておられます。地上にいらっしゃる間に自我の可能性を存分に発揮なさることです。そして最後に下される評価は、蓄積した金銀財宝で問われるのではありません。霊的なパスポートで評価されます。それを見ればあなたの霊的な本性が一目瞭然です。 P27


自我の開発――これが人間としてもっとも大切な目的です。それがこうして私たちが霊界から地上へ戻ってくる目的でもあるのです。すなわち人間に自己開発の方法、言いかえれば霊的革新の方法をお教えすることです。内在する神の恩寵を味わい、平和と調和と協調と友愛の中で生きるにはそれしかないのです。今の地上にはそれとは逆の内紛が多すぎます。 P21

 

―全てのスピリチュアリストがたどる道―
●あなた(質問者)の人生がけっして平坦なものではなかったことは私もよく承知しております。スピリチュアリズムという大きな知識を手にするために数々の大きな困難を体験しなければならない――それが真理への道の宿命であるということがあなたには不可解に思えるのではありませんか。けっして不可解なことではありません。そうでないといけないのです。 P16


その教えは私個人の所有物ではないのです。それは全ての者がたどるべき道があることを教え、その道をたどれば自分自身についての理解がいき、全生命を支配している無限の存在に気づき、各生命がその霊力の一部をいただいていること、それ故に絶対に切れることのない絆で結ばれていることを知ります。 P20


[参照]そういう人たちがたどる人生には、似通った過酷なパターンがあります。必ず人生のドン底を味わい、もはや物質の世界には頼りとすべきものが無いと諦めた土壇場で、崇高な霊的真理との出会いがあります。
魂の琴線に響く感動を味わう、その触媒となる体験を得るのがこの段階です。魂に内在する神性の火花に点火され、霊的意識が芽生え、霊界との間にリンクができます。そのリンクは一度できると二度と切れることがないばかりか、霊力がその量を増しながら、そのリンクを通して流れ込みます。(古代霊シルバーバーチ 最後の啓示 P34)

 

―スピリチュアリストは常に楽観的でなければならない―
●時にはあなた方人間にとって大へんな不幸に思えることが霊的には大へんな利益をもたらすことがあるのです。
人間は問題をことごとく地上的な視点から眺めます。私たちは同じ問題を霊的な視点から眺めます。しかも両者は往々にして食い違うものなのです。たとえば“他界する”ということは地上では悲しいことですが、霊の世界では“めでたいこと”なのです。人間の限られた能力では一つ一つの事態の意義が判断できません。ですから、前にも申し上げたように、判断できないところは、それまでに得た知識を土台として(すべては佳きに計られているのだという)信念で補うしかありません。 P18


[参照]
“これまでにあなたがたどってこられた道を振り返ってごらんになることです。間違いなく、目に見えない力による指示があなたをここまで導いてきていることに気づかれるはずです。その事実をあなたの生活の自信になさることです。これまで導いてくれた力が、これからも導いてくれないはずはない、と。”(シルバーバーチ最後の啓示 P118)


●幸いにも霊的光明をかいま見ることができ、背後に控えている存在に気づかれた方は、明日はどうなるかを案ずることなく、常に楽観的姿勢を維持できなければいけません。 P15


●そこでその時の条件下で精一杯のことをするしかないわけです。ですが、最終的な結果については私たちは自信をもっております。 P26


●これまでこの仕事にたずさわっている方々の生活において成就されたものを見ても、私たちは、たとえ一時的な障害はあっても、最後は万事がうまくいくとの自信があります。皆さんのすべてが活用できる莫大な霊力が用意されているのです。精神を鎮め、受容性と協調性に富んだ受け身の姿勢を取れば、その霊力がふんだんに流入し、人間だけでなく動物をも治癒させる、その通路となることができます。 P27

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(2017年2月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 七巻 十一章 “なぜ神に祈るのか”

青文字は亀水の加筆

 

Ⅰ)“永遠不変の大霊、全生命の根源、宇宙の全存在の究極の実在であるところの霊的な宇宙エネルギーであり、それが個別的意識形体をとっているのが人間です。

 

Ⅱ)豊かな宝を明かさんとしているところです 
●“万事が佳きに計らわれていること、あなたの御心のままに、全てが佳しとの確信を得てくれることを期待して、霊力の豊かな宝1)~3)のいくつかを明かさんとしているところです。”

 

●“果たすべく運命づけられている己の役割(使命)に耐えうる素質を身につけた暁に活用されることを待っているその霊力の豊かさ、無尽蔵の本性をもつ無限なる霊の存在を明かさんと欲しているものでございます。”


●“どの人間にも神性というものが潜在し、それを毎日、いえ、時々刻々、より多く発揮するために1)活用すべき才能(感応性能などの資質)が具わっていること、それさえ開発すれば、2)周囲に存在する莫大な霊的な富が誰にでも自由に利用できることインスピレーション、導き、守り、叡智など各種の形態をとる霊力)、言語に絶する見事な3)叡智が無尽蔵に存在し、活用されるのを待っているということです。人類はまだまだその宝庫の奥深くまで踏み込んでいません。ほんの表面しか知りません。(中略) 霊的能力の開発に費やしている人はほとんどいません。第一、人間に霊的能力が潜在していることを知っている人がきわめて少ないのです。”

 

Ⅲ)“神は子等に受容能力が増すに応じて啓示を増してまいります。”

 

Ⅳ)“こうして人間的活動の全分野が理解できるようになります。
(人間活動の)一つ一つが霊の光で啓蒙(その事象の意味が理解できるようになる→悟り)されていきます。”

 

Ⅴ)なぜ神に祈るのか
●“われわれの心の中に抱く思念は神は先刻ご承知なのです。
要望は口に出される前にすでに知れているのです。”

 

●“魂の憧憬と内省のための手段、つまり抑え難い気持ちを外部へ向けて集中すると同時に、内部へ向けて探照の光を当てる行為である。”

 

●“可能な限り最高のの概念に波長を合わせたいという願いの表れ。”

 

●“祈りとはわれわれのまわりに存在するより高いエネルギーに波長を合わせる手段だからです。”
⇒ 祈りは瞑想と同じで、瞑想とは送受信の関係。

 

祈りの目的は、
●“祈りには目的があります。魂の開発を促進するという霊的な目的①~③です。”

 

●“言い変えれば、祈りとは神性の一かけらである自分がその始原(神)とのいっそうの緊密なつながりを求めるための手段です。”(外部に向けて)

 

●“祈りは魂の憧憬を高め、決意をより強固にするための刺激――これから訪れるさまざまな闘いに打ち克つために守りを固める手段です。(内部に向けて)

 

●自分をよりいっそう役立てたいという真摯な願いから、改めるべき自己の欠点、克服すべき弱点、超えるべき限界を見つめるための祈りであれば、そのときの高められた波長を通して励まし決意を授かり、祈りが本来の効用を発揮したことになります。

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(2017年1月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 七巻 九章 “悩み多きインド” & 十章 “質問に答える”

 

―宇宙の法則は神の意志が顕現したもの―

 

●人間の世界であろうと、霊の世界であろうと、その法則によって規制されていないものは何一つ存在しないのです。宇宙は漠然と存在しているのではありません。莫大なスケールをもった一つの調和体なのです。 / つまり宇宙は法則によって支配されており、その法則は神の意志が顕現したものだということです。法則が神であり、神は法則であるということです。その神は、人間を大きくしたようなものではないという意味では非人間的存在ですが、その法則が霊的・精神的・物質的の全活動を支配しているという意味では人間的であると言えます。要するにあなた方は人類として宇宙の大霊の枠組みの中に存在し、その枠組みの中の不可欠の存在として寄与しているということです。P189

 

―霊的摂理の知識は自由をもたらす―

 

●私はスピリチュアリズムが信仰だとは思いません。知識です。P175
⇒ 霊的摂理(宇宙の法則含む)という知識を知る

 

●―スピリチュアリズムが現代の世界に貢献できるものの中で最大のものは何でしょうか。
“最大の貢献は神の子等にいろんな意味で①自由をもたらすことです。これまで隷属させられてきた束縛から解放してくれます。知識の扉は誰にでも分け隔てなく開かれていることを教えてあげることによって、無知の牢獄から解放します。日陰でなく日向で生きることを可能にします。”P174

 

●奴隷のごとく他のものによって縛られ足枷をされて生きるべきではありません。
その人生は豊かでなければなりません。精神的にも身体的にも霊的にも豊かでなければいけません。/ 霊の荘厳さ(霊的真理)の中で生きるべきです。P175

 

―霊的摂理に自分を調和させる―

 

●その力(霊力)はすべての人間に宿っています。すべての人間が神の一部だからです。この大宇宙を創造した力と同じ力、山をこしらえ恒星をこしらえ惑星をこしらえた力と同じ力、太陽に光を与え花に芳香を与えた力、それと同じ力があなた方一人ひとりに宿っており、②生活の中でその絶対的な力に波長を合わせさえすれば存分に活用することができるのです。P193

 

●あなたの思念、あなたの言葉、あなたの行為、つまりあなたの生活全体をいかにしてその法則に調和させるかは、あなたみずから工夫しなければなりません。それさえできれば、病気も貧乏も、そのほか無知の暗闇から生まれる不調和の状態が無くなります。P191

 

●地上の人間は自分の精神に具わっている③資質(能力)の使い方をほとんど知らずにいます。ついでに言えば、その精神的資質が次の進化の段階での大切な要素となるのです。その意味でこの地上生活において思念を行為の有効なさきがけとする訓練をすべきです。きちんと考えた上で行為に出るように心がけるべきです。ですが、思念の使い方を知らない人が何と多いことでしょう。わずか5分間でも、じっと一つのことに思念を集中できる人が何人いるでしょうか。実に少ないのです。P182
 凝念(有我一念)⇒ 瞑想・精神統一(無我無念)・・・平成25年9月寸感 参照

 

●たいていの場合それ(遠隔治療)は患者の睡眠中に行われるのです。その方が患者の霊的身体との接触が容易なのです。P183 ⇒ 瞑想・精神統一と似た状態

 

―霊的成長と成長度の違い―

 

●“私は神があなた方のいう“善”だけを受けもち、悪魔があなた方のいう“悪”を受けもっているとは申し上げておりません。”
――潜在的には善も悪もすべてわれわれの中に存在しているということですね。
“人間一人一人が小宇宙なのです。あなたもミニチャアの宇宙なのです。潜在的には完全な天使的資質を具えていると同時に獰猛な野獣性も具えております。だからこそ自分の進むべき方向を選ぶ自由意志が授けられているのです。” P194

 

●進化というものを一直線に進むように想像してはいけません。前進と後退のくり返しです。立ち上がっては倒れるの繰り返しです。少し登っては滑り落ち、次に登ったときは、前より高いところまで上がっており、そうやって少しずつ進化して行きます。P192 ⇒ 潮の満ち引きと似ている

 

●地上世界においても、一応みなさんは地表という同じ物質的レベルで生活なさっていますが、霊的には一人ひとり異なったレベルにあり、その意味では別の世界に住んでいると言えるのです。P195 
⇒ 地表にありながら、幽界・霊界に住んでいる(幽界の修業をこの世でしている)

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(2016年12月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 七巻 八章 “大きくなったルースとポール”より

 

“霊的”(スピリチュアル)と“心霊的”(サイキック)の違い
 心霊的法則と霊的法則とは少し違うのです。/同じものではありません。/純粋に物的な現象です。/とにかく霊界とは何のつながりもないのです。
 霊視がきくといわれている人でも、霊界のものは何も見えない人がたくさんいます。この場合は心霊的な能力の一部にすぎません。/生まれながらに具わっている純粋に心霊的なの能力なのです。この地上界だけの心霊的能力というのがあるのです。/五感の延長なのです。霊の世界とは何の関係もありません。
 ポール君は物的身体のほかに霊的身体も具えています。その身体には生まれつきあらゆる心霊能力が潜在していますが、それが開発され、しかも霊界の力と融合した時にはじめてスピリチュアルと言えるものになるのです。

 

死後の界層の違いは何できまるか

 地上世界も霊的な世界の一部です。なぜかというと、霊の住む世界はぜんぶが重なり合っているからです。宇宙に存在する生活のすべてが互いに重なり合い融合し合っており、霊界とか幽界とか物質界というのは一つの宇宙的生活の違った側面をそう呼んでいるだけです。ポール君はいま物質界にいますが、同時に幽界にもつながっているのです。

 

知識には責任がともなう

 知識はたしかに喜びと幸せと落ち着きをもたらしてくれますが、こんどはそれをどう生かすかという責任ももたらすのです。知識は、無知から生じる愚かな心配を取り除いてくれます。/真理を知っていながら罪を犯す人は、もっと大きな償いをさせられます。より多くを知っているということが罪を大きくするのです。

 

魂の成長には試練と経験が大切

 試練と体験を通してこそ霊は成長するのです。
 (スピリチュアリズムを知ったことによって生じる)一ばん大きな違いは、自分が一人ぼっちでいることが絶対にないということを知ったことです。いつどこにいても霊の世界からの愛と友情と親愛の念を受けているということです。最善をつくしているときは必ず霊界からの導きの力が加わっていること、あなたのもっているものから最善のものを引き出し、あなたの人生から最善のものを学び取ってくれるようにと願っている、友愛と親切心と協力精神に満ちた霊の存在がまわりにいてくれているということです。このことがスピリチュアリズムがもたらしてくれる一ばん有り難いことです。

 

愛は霊にとって酸素のようなもの

 悪意と敵意、憎しみと闘争、流血と悲劇に満ちたこの冷たく陰うつな地上生活はもう二度とご免こうむりたいと思われるはずです。
 この冷たくてうっとうしい、およそ魅力のない陰うつな地上。(シルバーバーチの最大の発見)

 

“神”の思想の進歩
 何かすごく大きな人間の男性のような姿をした神さまが宇宙をこしらえたのだという概念が、何十世紀もたった今もなお存在しています。/宇宙を創造しそして支配しているものは、男性神でもなく、女性神でもなく、とにかく形ある存在ではないのです。人間的な存在ではないのです。/宇宙は自然法則によって表現されていること、その法則の背後にある叡智は完全であること、しかし人間は不完全であるためにその完全さを理解することができないということです。人間が個体性を具えた限りある存在である以上、個体性のない無限の存在を理解することができないのです。

 

ほんとうの進歩とは
 頭がいいということは必ずしも偉大な魂、あるいは偉大な精神の持ち主ということにはならないのです。それは脳という物質のみにかぎられた発達なのです。/正しい発達とは精神的ならびに霊的な発達のことを言うのです。

 

○物質文化の発達が利己主義を生んだ

 同じ発達が精神面と霊的な面に見られないのです。人類は物質と精神と魂のうちの物質面だけが異常に成長してしまいました。他の二つの側面がそれについていないのです。それが利己主義という、地上でもっとも厄介な罪を生むことになったのです。

 

○睡眠中は何をしているか

 人生は一本調子のものではありません。色彩もあり変化もあります。障害に出会うことでしょう。何もかもうまく行く楽しい日々もあれば、すべてが絶望的に思える暗い日々もあることでしょう。そうしたさまざまな体験の中でこそ性格が培われるのです。人生を形づくっているさまざまな体験の中で培われるのです。
 もしも人生が初めから終わりまでラクに行ったら、もしも乗り切るべき困難もなく耐え忍ぶべき試練もなく、克服すべき障害もないとしたら、そこには何の進歩も得られないことになります。レースは競い合うからこそ価値があるのです。賞はラクには貰えず一生けんめい頑張ったあとにいただくから価値があるのです。そういう価値ある人間になるように努力なさい。この世に克服できない悩みはありません。ですから、悩んではいけないのです。征服できない困難はないのです。力の及ばないほど大きな出来ごとは何一つ起きないのです。
 一つ一つの経験から教訓を学ぶことです。難しいと思ったときは、怯まず自分にムチ打つのです。そうすればそれだけ前より強い人間となります。自分が霊であること、それが肉体を通して表現しているのだということ、そして自分という永遠の霊に傷を負わせたり害を及ぼしたりするものは決して生じないということを忘れないことです。
 世間でいう“成功者”になるかならないかはどうでもよいことです。
この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。大切なのは自分の霊性の最高のものに対して誠実であること、自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく、ほんとうの自分に忠実であること、良心の命令に素直に従えることです。それさえできれば、世間がどう見ようと、自分は自分としての最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます。そして、いよいよ地上生活に別れを告げる時が来たとき、死後に待ちうける生活への備えが十分にできているという自信をもって、平然として死を迎えることができます。これが私からのアドバイスです。

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(2016年11月用テキスト)

「真理は法律では縛れない」より シルバーバーチの霊訓 七巻 第七章P103~

 

―全体像を把握するには“本当の自分”を知らなければならない―

 

●私が会得した叡智の一つは、全体像を把握するということです。私は“俗世にあって俗人となるなかれ”という訓えのとおりの立場にあります。あなた方のように目先の出来事に動かされることがありません。あなた方は物質界に身を置いている以上、その日その日の出来ごとに右往左往させられても無理のないことです。 P106

 

[参照箇所 十二巻 P150]
人生体験のすべてがそれぞれに大きな生命機構の一部としての意義をもっております。およそ歓迎したくない体験――悲しいこと、辛いこと、嘆き、落胆、苦痛、痛み等々も魂にとって掛けがえのない価値をもっております。その有難さは地上にいる間は実感できません。地上人生の価値の明確な全体像が理解できるようになるのは、肉体を離れて煩悩から解放され、局部にとらわれずに全体を眺めることができるようになった時です。逆境の中にあってこそ人間性が鍛えられ、悲哀の中にあってこそ魂が強化されていることが分かります。

 

―シルバーバーチの目的―
●一人でも多くの人をわれわれの霊力の行使範囲に手引きしてあげることが目的です。これは二つの側面をもった仕事です。一つは各自が潜在的に所有する霊的原動力(霊的資質)を発動させることであり、もう一つは、その人たちを背後霊の影響下に置いてあげることです。P109

 

―霊的真理は永遠不滅の実在―
●私はいつも、昨日や今日の出来ごとによってすぐに揺らぐようなことのない永遠不変の原理を説いております。永遠の実在―不変の摂理の働きに基礎をもつ実在の一部なのです。この知識を活用することによって、決断に際して不安も恐れもなく、自分がたずさえている真理はかならずや勝利をおさめるのだという確信をもつことができます。 P115

 

<インスピレーションを通して霊的真理を伝える>
●インスピレーションと真理を次々と送り届けて、少しでも多くの人々を目覚めさせてまいります。 P107

霊界には、いついかなる時も、インスピレーションによる指導と鼓舞の手段を用意した霊の大軍が控えております。真剣に求めてしかも何一つ手にすることが出来ないということは絶対にありません。求める者には必ず救助と援助と指導が与えられます。 (中略) 霊的貯蔵庫との波長がうまく調和しさえすれば、その恩恵にあずかることができます。各自の受容力に似合った分だけを授かります。 P113

 

●私たちの勢力は、生命が永遠であること、人間は例外なく死後も生き続けること、愛に死はなく、死者への哀悼は無用であること、そして宇宙には誰にでも分け隔てなく与えられる無限の霊的叡智と愛とインスピレーションの泉があることを教えたくて戻ってくる男女によって編成されているのです。 P117

 

<霊的真理普及に努める者の心得>
●背筋を伸ばし、霊の使者として人類の霊的再生のために、すべての者が等しく自由と寛容を享受できる“新しい世界”を招来するために神のお召しにあずかったのだという誇りをもってください。人間の霊性――これは神の霊性そのものなのです・・・。 P106

 

●どんなことがあっても自分の持ち場を死守し、そこから逃げ出すことがあってはなりません。自分にあずけられた真理の宝石を死守するのです。真理を知った者の勇気ある生き方の手本を示すのです。かりそめにも“ごらんなさい。霊的真理を吹聴していた人間がこのざまですよ”などと言われるようなことのないように心掛けてください。 P107

 

霊に目覚めた者が不安や恐怖を抱くほどのものは何一つありません。忠誠心自信とをもち、背後より支援してくれるその力の存在を忘れることなく、真理はいかなる反抗勢力に遭っても、真理であるがゆえに耐え抜くものであることを確信して邁進すべきです。 P115

 

真摯なる者、謙虚なる者、ひたすらに真理を求める者、古い伝説や神話をかなぐり棄て、いったん受け入れた真理に素直に従う用意のできた者のみが、“新しい世界”の価値ある住民としての特権を得るのです。 P117

 

みなさんは何者をも恐れることなく、人類を迷信の足枷から解き放し、無知の束縛から救い出す真理の擁護者としての決意をもって邁進しなくてはいけません。 P117

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(2016年10月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 七巻 第六章“わが子に先立たれた二組の夫婦と語る”

 

Ⅰ)死別の悲しみ⇒ Ⅱ)霊的無知⇒ Ⅲ)背後霊との交流⇒ Ⅳ)霊的真理の啓発

 

Ⅰ) 死別の悲しみ
●本当のことを謙虚にそして真剣な気持ちで申し上げます。死は、死ぬ人自身にとって少しも悲劇ではありません。あとに残された人にとってのみ悲劇なのです。暗黒の世界(物質界)から光明の世界(霊界)へと旅立つことは悲しむべきではありません。あなたが嘆き悲しむとき、それは実はわが子を失った自分の身の上を悲しんでいらっしゃるのであり、自由の身となった息子さんのことを悲しんでおられるのではありません。息子さんは地上にいた時よりずっと幸せなのです(霊的摂理)。もう肉体の病に苦しむことがないのです。刻々と蝕まれていくということもありません。内部の霊的資質を開発し、それを何の障害に邪魔されることもなく自由に発揮し、それを必要とする人のために存分に役立てることができるのです。
あなたは見慣れたあの姿が見られなくなったことを淋しがっておられるのです。物的身体が二度と見られなくなったことを嘆いておられるのです。しかし、本当の息子さんは立派に元気で生きておられるのです。ただその手で触ってみることができないだけです。どうかその物的感覚の世界、五感というお粗末な魂の窓(物質の目)の向こうに目をやり、霊的実在(霊的摂理)を知ることによって得られる叡智(霊的な目)を身につけるように努力なさってください。死は生命(霊魂)に対してまったく無力なのです。生命(霊魂)はつねに意気揚々としています。愛する息子さんは決してあなたのもとを去ってはいません。むしろ死によって霊的にはさらに身近かな存在となっているとも言えるのです。P88

 

●どうか私の言うことを素直に信じてください。P85

 

Ⅱ)霊的無知
●私がお届けする知識によって、大ぜいの人々の人生を台無しにしている無知を一掃しようというわけです。 P86

 

●霊的知識こそが、みずからを閉じ込めている牢獄から魂を解放する大きな力となるのです。自由という名の陽光の中で生きるべきでありながら暗い魂の牢獄の中で暮らしている人が多すぎます。 P87

 

Ⅲ)背後霊との交流
●忙しい時間のいくばくかを割いて、背後霊との霊的な交流をもつことを心掛けてくださると、背後霊はとても助かるということです。これは何度も申し上げていることですが、背後霊とのつながりを求め、たとえ表面的には何の反応もなくても、霊的にはかならず何かが起きているものです。ですから、たとえばテーブルも何も用いずに何分間か、ただお二人で座って黙祷するというだけでもいいのです。言葉に出すのもいいかも知れません。が、それも必ずしも必要ではありません。心を空にして穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで十分です。その統一状態の中で霊の力が働くのです。そうした静かな精神状態というのが、物的生活に振り回されている騒々しさに一時的なストップをかけることになります。そのわずかな時間を霊性の開拓と、自宅内での霊的存在の認識へ向けたことになります。
地上の人間は静かな精神状態をもつことの効用を十分に認識しておりません。私がよく申し上げているように、あなた方にとって無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。あなた方が静かに受身の心でじっとしている時が私たちにとって一ばん近づきやすいからです。 P101

 

●地上の人々が霊的な摂理を理解し、内部に具わっている霊的資質が自然に発揮されるような自然な生活を送れば、二つの世界の間にかかっているベール(五感という物質の窓)が突き破られ、すべての障害が撤去されることでしょう。その障害はことごとく人間の無知と迷信と偏見とによってこしらえられたものばかりです。 P86
[参考引用]
●人類の大半を占める人たちがまだ霊的なものを求める段階まで達しておりません。言いかえれば、霊的波長を感受する能力を発揮しておりません。ごく少数の人たちを除いて、大部分の人々はそのデリケートな波長、繊細な波長、高感度の波長を感じ取ることができないのです。(七)P30

 

●あなたが求めておられるものを叶えられなくしているのは、知らず知らずとはいえ、実はあなたご自身であることを知ってください。 P84

 

●そのうちきっと、今だにあなたを取り巻いている濃いモヤを取り除けるようになるでしょう。それを是非とも突き破らねばなりません。しかし、それは大変努力のいることです。実に困難なことです。 P85

 

Ⅳ)霊的真理の啓発・普及
●あなたも私たちと同じ視野に立って地上世界をごらんになることです。 P91

 

●あなたも他のすべての人間と同様に、為すべき何らかの仕事があってこの物質界に誕生してこられたのです。ときには内省の時をもって、果たしてこれが自分にとって“本当の仕事”だろうか、“世を啓発する”上で少しでも役に立っているだろうか、“(霊的)知識の蓄積”を怠っていないだろうか、獲得した“霊的真理を人に分け与える努力”をしているだろうか、これで“最善を尽くしている”と言えるだろうか、正直に自分に問いかけてみることです。 P90

 

●そこで私たちは考えたのです―よい道具さえ用意できれば安心と確信と自信を生み出す(霊的)知識の光をふんだんに地上へもたらすことができるであろう。そして神が意図された通りの生き方、つまり平和と協調と愛にあふれた生活ができ、神の一部としての霊性(良心)が要求するところのものを追求すること(霊的真理の啓発・普及)に勤しむことになるであろう、と。 P92

 

●それで私は霊性に目覚めた方々に申し上げるのです―勇気をもって闘いなさい。あらゆる不正、あらゆる闇、あらゆる横暴、あらゆる不公平と闘いなさい。その人の背後には人間的煩悩から解放された霊の大軍が控え、鼓舞し援助し、決して見捨てるようなことはいたしません、と。これが知識を伝達する手段をお持ちの方に私からお願いしていることです。 P91

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(2016年9月用テキスト)

―真の宝とは―

 

“おっしゃる通り当然でしょう。が、その状態こそ恐怖心を捨てる試金石でもあります。私たちがみなさんの前に掲げる理想がひじょうに到達困難なものが多いことは私も承知しております。私たちの要求することのすべてを実現するのは容易ではありません。が、最大の富(霊的宝・叡智)は往々にして困難の末に得られるものです。
それには大へんな奮闘努力が要求されます。が、それを私があえて要求するのはそれだけの価値があるからです。いつも申し上げておりますように、あなた方はそれぞれに無限の可能性を秘めたなのです。宇宙を創造した力と本質的に同じものが各自に宿っているのです。
その潜在力を開発する方法を会得さえすれば、内在する霊的な貯えを呼び覚ます方法を会得さえすれば、霊力の貯水池から吸い上げることができるようになりさえすれば、恐怖の迫った状態でも泰然としていられるようになります。
人生の旅においてあなたを悩ますあらゆる問題を克服していく手段は全部そろっているのです。それがあなたの内部に宿っているのです。イエスはそれを“神の御国は汝の中にある”(物質界と同時に、霊界にも居ること)と言いました。神の御国(霊界)とはその無限の霊的貯蔵庫(霊的叡智・霊力)のことです。自己開発によってそれを我がものとすることができると言っているのです。開発すればするほど、ますます多くの(霊的叡智)が永久に自分のものとなるのです。もしも私の説く訓えがラクなことばかりであれば、それは人生には発展と進化のチャンスがないことを意味します。人生には無数の困難(試練)があります。だからこそ完全に向けてのチャンスが無数にあることになるのです。
生命は永遠です。終わりがないのです。完全へ向けての成長(霊的成長)も永遠に続く過程なのです。” (七)P75 (P101 参照)

 

上記の三通りの方法とは、具体的に言うと、神から与えられた霊的資質である“霊的波長を感受する能力”を活用することです。この能力こそ“魂の宝庫を開くカギ”(七)P58 なのです。

 

“人類の大半を占める人たちがまだ霊的なものを求める段階まで達しておりません。言いかえれば、霊的波長を感受する能力(インスピレーションを感受する能力・霊交)を発揮しておりません。ごく少数の人たちを除いて、大部分の人々はそのデリケートな波長、繊細な波長、高感度の波長を感じ取ることができないのです。” (七)P30 

 

霊界からの声と力による導きと援助を素直に受け入れるようになりさえすれば、さほど大変なことではありません。” (七)P63

 

ただし、霊的知識がなく、無理やりこの能力を開くと地縛霊や邪悪霊の格好の餌食になりますので、くれぐれもあとさきを間違えないようにしてください。

 

シルバーバーチの霊訓を通して霊的知識を学び、人生の中でさまざまな試練や困難に遭遇し、祈りや瞑想をとおして心を開くと、善霊から“導き”や“インスピレーション”が入ってきます。このように霊的知識として学んだことを実体験をとおして叡智や悟りに変え、初めて霊的知識が身につくのです。単に知識として知っているだけでは絶対にダメで、知識を適用すること、すなわち実際に食べてみて初めて血となり肉となり、霊的知識が叡智となって身につくのです。
だからこそ、人生には無数の困難があり、実体験を通して霊的叡智を身につけるチャンスが無数にあるのです。

 

“(霊的)知識こそすべての者が所有すべき(霊的叡智・悟り)です。” (七)P50

 

“ご自分の経験から得られる叡智を道しるべとする――これが一ばんです。人間を導く上で私たちはそれを一ばんの拠りどころとしています。だからこそ説得力があるのです。” (七) P56

 

“平凡な日常生活の中で培われた霊的資質(霊的叡智)こそあなたの永遠の財産となるのです。”(十二)P33

 

[関連個所]
“どうか私がこれまで述べてきた知識の中から物的生活の背後で働いている霊的活動、あなたの身のまわりにほうはいとして存在する莫大な霊力、あなた方を善のために活用せんとして待ちかまえている霊の存在を認識してください。あなた自身の中に潜在する可能性をしっかりと認識してください。それが自我の霊的本性のもつ莫大な兵器庫、魂の宝庫を開くカギ(霊的波長を感受する能力)となるからです。神の叡智は無限であるということ、宇宙の宝物は無尽蔵であるということの意味を、しっかりと理解してください。” (七) P58

 

霊的法則に関する知識を駆使して霊的資源(霊的叡智や霊力)を活用する用意があるからです。この資源は無尽蔵なのです。それを活用して、あなたがどんな境遇に置かれてもそれを克服できるように導き支援して、あなたの存在をできるだけ有効に生かす道を歩んでいただくようにいたします。” (七) P57

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(2016年8月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第七巻 第四章 “若き軍人と語る”

 

A)今、地上で争いごとが絶えない根本的な原因 ⇒ 霊的知識に対する無知

●私は今地球が必要としているのは基本的な霊的知識であるとみています。P61

 

●あらゆる地上の問題を煮つめれば、その原因はたった一つの事実を知らないことに帰着するのです。すなわち人間は本来が霊的存在であり、神からの遺産(霊的資源)を受け継いでいるが故に、生まれながらにして幾つかの権利を有しているということです。その権利は、次の生活の場に備えるために、地上生活においてその属性を十分に発揮(霊的資源の活用)させるためのものです。P64

⇒ P57参照

 

B)霊的知識の普及という大仕事

●もっと大きな戦いがあります。何世紀にもわたって強大な霊的軍団が組織されております。P52

 

●そのたった一人の人間も、霊の力を背後にすれば大きな仕事ができるのです。P53 あきらめてはなりません。真理普及というこの大きな戦いにおいて私たちの味方となった方には“敗北”はありません。P54

 

●私たちには為さねばならない仕事があるのです。偉大な仕事です。/あなた自身が手にされた知識を寛容の精神で他人に披露して、その良さを知ってもらうための努力を忍耐づよく続けてください。/一人ひとり得心させて行かねばなりません。結局はそれしかないのです。P55

 

ご自分の経験から得られる叡智を道しるべとする――これが一ばんです。人間を導く上で私たちはそれを一ばんの拠りどころとしています。だからこそ説得力があるのです。P56

 

●(霊的)知識を広めることです。P58

 

C)霊的知識の力・・・今月のHP参照

霊的法則に関する知識を駆使して霊的資源を活用する用意があるからです。P57

⇒P75の“潜在力を開発する方法”、“内在する霊的な貯えを呼び覚ます方法”、“霊力の貯水池から汲み上げる方法”とは、いづれも霊的法則に関する知識を駆使して霊的資源を活用することにある。すなわち、霊的知識を学びそれを日常生活で実践し、霊的摂理への信仰を通して内外の霊力が活用できるようになる。(亀水記)                                         

この資源(霊力)は無尽蔵なのです。それを活用して、あなたがどんな境遇に置かれてもそれを克服できるように導き支援して、あなたの存在をできるだけ有効に生かす道を歩んでいただくようにいたします。P57

 

これ(霊的知識)さえ携えていれば、人生を生き抜く上での光輝あふれる照明となってくれます。いかなる問題においても、私たちは決して地上的観点から物ごとを見ないということ、地上的尺度で判断しないということ/近視眼的無分別に振り回されることはない。/地上の人間を悩ませている問題を人間自身の受け止め方とは違った受け止め方をしていること、あなた方と同じ視野で捉えていないということを知ってください。P59

 

霊界からの声と力による導きと援助を素直に受け入れるようになりさえすれば、さほど大変なことではありません。P63

 

●第一に考慮すべきことは“動機”です。/自分の思考と行動を監視する、絶対に誤ることのない装置が内蔵されております。いわゆる道義心です。 P60~P61

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(2016年7月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第七巻 第三章 “戦地でも愛読された霊訓”

 

≪死と直面した戦場で≫
―“本当の自分”は霊魂であるという認識―
●大切なのは、あなた方はもともと霊的存在であり、果たすべき霊的宿命をもってこの地上にあるという認識です。ですから、これからの新しい時代は霊的真理を土台として築かなければなりません。P44

 

―死は存在しない―
●生命は永遠にして無限であり、死は存在しないこと。人間の一人一人が宇宙の創造という大目的の一翼を担う存在であると説いているのです。人間は物的身体ではなく永遠なる霊的存在であり、年令とともに衰えることなく、内部の神性が開発されるにつれてますます光輝を増していく存在であると説いているのです。
また私たちは老化も病気も霊の成長を妨げることはないこと、死によって物的身体がもたらしていた一切の痛みと苦労と障害から解放されると申し上げております。死はけっして愛する者との間を永遠に引き裂くものでないこと、いつかは必ず再会の時が訪れること、それも、どこやら遠い遠いところにある掴みどころのない空想的な境涯においてではなく、物的世界に閉じ込められている人間が理解しうるいかなる生活よりもはるかに実感のある実在の世界において叶えられると申し上げているのです。P48

 

―背後霊の存在を認識する―
●どこにいても、まわりには物的束縛から解放された先輩霊の一大軍勢が待機し、地上へ働きかけるための手段(受容性に富む人間)を求めて常時見張りを続けており、過去の過ちを繰り返させぬために、そして平凡な日常生活から人間が叡智を学び地上生活が実りのあるものになってくれるように霊的知識を少しでも多く授けたいと願っている、そうした事実を認識して、これからの仕事に臨もうではありませんか。
われわれは愛と叡智によって導かれ、知識とインスピレーションによって支えられている、偉大にして遠大な目的のための道具であることを片時も忘れぬようにいたしましょう。P46

 

―人間には善と悪の両方の心(霊性心×本能心)がある― ・・・今月の寸感参照
●しかし同時にこの時期(第二次世界大戦)は、短かったとはいえ人間の残忍性の奥をのぞかせた時期でもありました。つまり人間の到達しうるかぎりの気高さと醜さの極限を見せてきました。言いかえれば人間の霊性のすばらしさを見せると同時に、堕落したときの極悪非道ぶりも見せつけたのです。しかし、いずれも同じく人間のしたことです。霊と肉の両極から成り立っている存在だからです。そのどちらがより強く人間を操るかによって生じる差にすぎません。霊の道を選ぶか、それとも肉の道を選ぶかの差です。P43

 

―人間にとっての最大の敵は恐怖心である―
(霊的)知識こそすべての者が所有すべき宝です。(霊的)無知は未知なるものへの恐怖心を生みます。この恐怖心こそ人間の最大の敵なのです。判断力を曇らせ、理性を奪い、いい加減な出来心で行動する人間にしてしまいます。これでは人生からよろこびと美しさと豊かさを見出すことはできません。P50

 

―やり直しのチャンスは必ずある―
●善はみずから報酬をもたらし、悪と罪はみずから罰と断罪を受けると私は説くのです。向上するのも堕落するのも本人の行為一つに掛かっているのです。人生のあらゆる側面を神の摂理が支配しており、それをごまかすことも、それから逃れることもできません。誰にも出来ません。/苦しみを味わった者にはそれ相当の償いがあり、しくじった者には何度でも更正のチャンスが与えられるのです。P49

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(2016年6月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第七巻 第一章 “二つの世界が交わる場所” & 第二章 “今なぜスピリチュアリズムか”

 

霊的世界
●墓の向こうにも生活があるのです。あなた方が死んだと思っている人たちは今もずっと生き続けているのです。しかも、地上に戻ってくることもできるのです。げんに戻ってきているのです。P27

 

●たとえ私の姿をご覧になることはなくても、私はその方たちのご家庭へお邪魔していることをご承知ください。実際にお伺いしてお会いしているのです。P21

 

これは空想の産物ではありません。P25

 

●人類史上はじめて宗教が実証的事実を基盤とすることになりました。P27
 (物質化現象、交霊会、スピリットヒーリングなど、スピリチュアリズム入門、続スピリチュアリズム入門を参照)

 

●死後の存続という事実はまともな理性をもつ者ならかならず得心するだけの証拠が揃っております。P27 (アーサー コナン ドリルも同様のことを述べている)

 

霊の力
●宇宙には、資格のある者なら自由にそして存分にわがものとすることのできる、莫大な霊的宝庫が存在いたします。P16

 

●無限の宝を秘めた神の貯蔵庫から霊力を引き出しましょう。P40

 

●人間が霊的存在であることに変わりはありません。霊的資質を発揮し、霊的な光輝を発揮することができれば、不安や疑いの念などはすべて消滅してしまいます。霊は安心立命の境地において本来の力を発揮するものです。P30

 

ほんのわずかな時間でもよろしい、時には日常的な意識の流れを止めて、まわりに溢れる霊の力に思いを寄せ、その影響力、そのエネルギー、永遠なる大霊の広大な顕現、その抱擁、その温もり、その保護を意識いたしましょう。P21

 

 

苦難克服の摂理
●私たちが闘わねばならない本当の敵は無用の心配です。それがあまりに多くの人間の心に巣くっているのです。単なる観念上の産物、本当は実在しない心配ごとで悩んでいる人が多すぎるのです。そこで私は、取り越し苦労はおやめなさいと、繰り返し申し上げることになるのです。自分の力で解決できないほどの問題に直面させられることは決してありません。克服できない困難というものは絶対に生じません。重すぎて背負えないほどの荷物というものは決して与えられません。しかも、あふれんばかりの自信に満ちた雰囲気の中で生きていれば、霊界から援助し、導き、支えてくれるあらゆる力を引き寄せることになるのです。P30

 

●私たちが存分に力を発揮する上で人間側に要求したい心の姿勢 P29 ⇒ 安心立命の境地 P30
 では、どうすれば困難の中で“安心立命の境地”に入れるのか?・・今月の寸感の項、参照

 

●求めつづけるのです。きっと与えられます。要求が拒否されることはけっしてありません。ただし、解答はかならずしもあなたが期待したとおりのものであるとはかぎりません。あなたの成長にとって最善のものが与えられます。P34

 

ハイレベル スピリチュアリストの心得
●世間の中傷を気にしてはいけません。反発に動揺してはなりません。嫌悪の態度を見せられても気になさらないことです。あなた方がこの地上に生をうけたそもそもの使命に向かってひたすら努力しているかぎり、そんなものによって困った事態になることはありません。P18

 

●願わくはその豊かな恵みに応えるべく日常生活を律することができますように。その中で神の永遠なる摂理に適っているとの認識が得られますように。どうか神の道具としての存在価値を存分に発揮し、豊かな祝福をもたらしてくれた真理の光を輝かせて、人々がわれわれの生活をその真理の模範となすことができますように。P21

 

●大霊の生きた道具となるべく、日常生活においてわれわれ自身を律してまいりましょう。
われわれがその大霊の計画の推進者であることを片時も忘れず、謙虚さと奉仕の精神と、託されたその信託への忠誠心をもって臨むかぎり何一つ恐れるものはないこと、いかなる障害物も太陽の輝きの前の影のごとく消滅していくとの確信のもとに邁進いたしましょう。P40

 

●かくして各自がそれぞれの道において温かき愛悠然たる自信確固たる信念をもって生き、道を失った人々があなた方を見て、光明への道はきっとあるのだと、感じ取ってくれるような、そういった生き方をなさってください。それも人のために役立つということです。P35

 

●訓えは十分に揃っております。いま必要なのはその実行者です。P39

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(2016年5月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十二章 “苦難にこそ感謝を”

 

―苦難の意味―
[まずは“真の自我”の自覚が必要]
“まだ自分というものを肉体だけの存在、あるいは、せいぜい霊を具えた肉体だと思い込んでいる人が多すぎます。本当は肉体を具えた霊的存在なのです。それとこれとでは大違いです。”P204 
⇒ほとんど全ての人は、せいぜい霊魂があることを漠然と理解はしてはいても、常日頃“真の自我”が霊魂であることを自覚し霊主肉従にまでは至っていない。その証拠に、物的視点から観るくせがついていて、いつも心配・不安・取越苦労が絶えない。

 

[霊的存在と霊力]
“あなたも霊であり、霊であるがゆえに神の属性のすべてを宿していることに得心がいくようになれば、前途に横たわる困難のすべてを克服していくだけの霊力を授かっていることに理解がいくはずです。”P201
⇒霊力は万能で、霊的エネルギーは色々な形をとり現象面さえも変えることができるが、我々は神の子としてその霊力を活用する資格・権利も持っている。

 

[人生の目的]
“その地上生活の目的はきわめて簡単なことです。死後に待ち受ける次の生活に備えて、本来のあなたであるところの霊性を強固にするのです。身支度を整えるのです。開発するのです。となれば、良いことも悪いことも、明るいことも暗いことも、長所も短所も、愛も憎しみも、健康も病気も、その他ありとあらゆることがあなたの霊性の成長の糧となるのです。その一つ一つが神の計画の中でそれなりの存在価値を有しているのです。”P202 ⇒人生の目的は霊的成長にある。

 

[取越苦労・心配・不安が絶えない理由]
“無駄な取り越し苦労に振り回されている人が多すぎます。私が何とかして無くしてあげたいと思って努力しているのは不必要な心配です。”P204 
⇒我々、スピリチュアリストといえども不安・心配が絶えない。それは物的世界で生活しているとついつい物的世界が実在であり、霊的世界がフィクションであって摂理が不履行になるかも知れないと潜在意識下で思っているからだ。

 

[心配・不安の弊害]
(克服できないほど強烈なものはないという霊的摂理を)“実感し実践していただくことができれば、その人は神と一体となり、神の摂理と調和し、日々、時々刻々、要請されるものにきちんと対応できるはずなのです。ところが、残念ながら敵があります。取越苦労、心配、不安という大敵です。それが波長を乱し、せっかくの霊的援助を妨げるのです。霊は平静さ自信受容力の中ではじめて伸び伸びと成長します。日々の生活に要請されるものすべてが供給されます。物的必需品のすべてが揃います。”P202
⇒取越苦労や心配、不安の心が内部の生命エネルギー(霊力)を枯渇し、補給源である外部 からの霊力の流入や背後霊からの導き・援助を気づかずに遮断しているのだ。

 

[霊的視野で観る]
霊的な目を通して眺めることができる P200 ・・・視野を一変させ、P201
⇒現象面を物的世界からの視点で眺めず、霊的知識に基づく霊界からの視点で眺め、今起こっている現象が自分の霊的成長にとってどのような意味があるのかを知る。・・・因果律を利用して、全ての現象は霊的成長につながるように霊界からの導き・援助がある。

 

[苦難克服の摂理]
いかに暗い体験も克服できないほど強烈なものはありません。あなたに耐えられないほどの試練や危機に直面させられることはありません。” P202

 

自分の力で解決できないほどの問題に直面させられることは決してありません。克服できない困難というものは絶対に生じません。重すぎて背負えないほどの荷物というものは決して与えられません。” 霊訓(七)P30

⇒これは神の摂理・約束・担保そのものであるが、この摂理がにわかに信じられないからこそ不安、心配、取越苦労が絶えないのだ。

 

[苦難への対処法]
自分で自分をコントロールする要領さえ身につければ、その無限の貯蔵庫からエネルギーを引き出すことができます。”P201 ⇒上記二つの霊的知識に信仰を加え、瞑想によって精神を統一し、心を空にして平静、静穏、受け身となり宇宙の摂理、背後霊に全託すると、インスピレーションも聞こえてきて、霊力が流入し気力がわいてくる。

 

―マトメ―
“驚異に満ちたこの宇宙が、かつて一度たりともしくじりを犯したことのない神の摂理によって支配され規制され維持されているのです。その摂理の働きは一度たりとも間違いを犯したことがないのです。 (中略) 私は、神の子すべてにそういう視野をもっていただきたいのです。そうすれば取越苦労もなくなり、恐れおののくこともなくなります。いかなる体験も魂の成長にとっては何らかの役に立つことを知ります。その認識のもとに一つ一つの困難に立ち向かうようになり、首尾よく克服していくことでしょう。そのさ中にあってはそうは思えなくても、それが真実なのです。あなた方もいつかは私たちの世界へお出でになりますが、こちらへ来れば、感謝なさるのはそういう暗い体験の方なのです。視点が変わることによって、暗く思えた体験こそ、そのさ中にある時は有難く思えなくても、霊の成長をいちばん促進してくれていることを知るからです。
(中略) これは大変な真理であり、また多くの側面をもっています。”P204
⇒苦難の体験は、霊的成長にとって必要なことだから体験しているのだ。

 

※結果として霊的成長のために、物的世界で我々は霊的摂理の実践と信仰(苦難克服の摂理)の訓練を繰り返し、繰り返しさせられていることになる。この物質界は霊的成長のための“学習の場”なのだ。

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(2016年4月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十一章 “みんな永遠の旅の仲間”

 

霊的発達程度は全て異なっている(物質界特有の特長)
●みなさんも人間である以上各自に歩調というものがあります。進化とは絶え間ない成長過程です。成長は永遠に続くものであり、しかもみんなが同時に同じ段階に到達するとはかぎりません。P190

 

摂理の裏にも別の摂理があり、その裏にもまた別の摂理がある。真理の理解度は、霊的発達程度によって受け止め方が異なっている。
●真理は永遠不滅です。しかも無限の側面があります。なのに人間は自分が手にした一側面をもって真理の全体であると思いこみます。そこから誤りが始まります。
全体などではありません。進化するにつれて理解力が増し、他の側面を受け入れる用意ができるのです。P191

 

真理は様々な側面と深さをもっていて、真理の独占販売はできない
●高度の真理 P191

●神の顕現が無限であるからには神の真理に近づく道にもまた無限のバリエーションがあることになります。P191

 

直接的な道か迂回する道かは、霊的発達程度によって決まる
●神の真理に近づく道にも直接的に近づく道と迂回する道があります。が、それはその道を歩む本人の発達程度によって決まることです。直接的な道が歩めるようになるまでは、それが直接的な道であることが読み取れません。P192

 

苦は進化と相関関係にある
●“あなたは永遠の霊的規範を物的尺度で測り、魂の視点からでなく肉体の視点、言いかえればいま物質を通して顕現している精神だけの視点から眺めておられます。”

 

「それを災難と受け取るのも進化のある一定段階までのことだとおっしゃるのでしょうか」

 

“そうです。それを災難と受け取る段階を超えて進化すれば苦しい思いをしなくなります。苦は進化と相関関係にあります。(中略) あなたの体験の“質”を決定づけるのはあなたの進化の“程度”です。ある段階以上に進化すると憎しみを抱かなくなります。愛のみを抱くようになります。苦を感じず幸せばかりを感じるようになります。難しいことですが、しかし真実です。苦しみを何とも思わない段階まで到達すると、いかなる環境にも影響されなくなります。
P193

 

宇宙の摂理への絶対的信頼があれば苦しみを感じなくなる
●さて、苦しみとは一体なんでしょうか。苦しみとは自分自身または他人が受けた打撃または邪悪なことが原因で精神または魂が苦痛を覚えた時の状態を言います。が、もしその人が宇宙の摂理に通じ、その摂理には神の絶対的公平が宿っていることを理解していれば、少しも苦しみは覚えません。なぜなら各人が置かれている環境はその時点において関係している人々の進化の程度が生み出す結果であると得心しているからです。進化した魂は同情、思いやり、慈悲心、哀れみを覚えますが、苦痛は覚えません。P195 ⇒ カルマや因果律を通して学ぶ仲間

 

霊的摂理の理解があれば苦しい思いをしなくなる
●要するに理解が行き届かないから苦しい思いをするのです。十分な理解がいけば苦しい思い
をしなくなります。また、すべきではありません。P195 ⇒ 苦しみの意味と目的への正しい理解

 

魂の成長には苦しみの体験が必須条件  P196
●“苦と楽、悲しみと喜び、平静さと怒り、嵐と晴天、こうしたものがみな魂の成長の糧となるのです。そうしたものを体験し教訓を学んではじめて成長するのです。その時はじめて宇宙が無限なる愛によって支配され、その愛から生み出された摂理に間違いはないとの自覚を得ることができるのです。(中略)つまり宇宙の摂理に不動の、そして全幅の信頼を置くことができるようになれば、人生で挫折することはありません。なぜならその信念が内部の霊力を湧き出させ、何ごとも成就させずにはおかないからです。
その霊力を枯渇させる最たるものは、心配の念です。全幅の信頼心――盲目的な信仰心ではなく知識を土台とした完全なる信念は、人生のあらゆる体験に心配も迷いも不安もなく立ち向かわせます。神の子である以上は自分の魂にも至聖所があり、そこに憩うことを忘れないかぎり、自分を焼くつくす火も吹き倒す嵐も絶対にないとの確信があるからです。”

 

「すばらしいことです。」

 

“本当にそうなのです。本当にそうなのです。物質に包まれた人間にはその理解はとても困難です。魂そのものは知っていても、その物質による束縛がどうしても押し破れないのです。
しかし、それを押し破っていくところに進化があるのです。人生問題を霊の目で眺めれば、その一つ一つに落ち着くべき場がちゃんと用意されているのです。地上的な目で眺めるから混乱と困難と誤解が生じるのです。そこで私たちの出番が必要となります。すなわち霊的真理の光をお見せするのです。”⇒ 霊的真理の光(霊の目)で人生問題を眺めるようになる

 

自分も神である自覚と、摂理への絶対的信頼を得られれば怖いものなし
●自分も神であることを自覚なさることです。そうすれば神の御国(摂理)はほかならぬ自分の魂の中にあることを悟られるはずです。それは絶対に裏切ることがありません。無限の補給源である神の摂理に調和した生き方をしているかぎり、何一つ不自由な思いも空腹も渇きも感じなくなります。といって必要以上のものはいただけません。魂の成長の度合にふさわしいだけのものが与えられ、それよりも多くも、それよりも少なくも、それより程度の高いものも低いものも受けません。それ以外にありようがないのです。P198

 

―マトメ―
苦難や試練にあうと、地上的な目や世間の常識で判断するため、取越苦労、心配や不安ばかりで、とても苦しい思いをする

⇒ 宇宙の摂理への理解が進み、摂理への不動の信念・信仰(摂理の神への絶対的信頼)がでてくれば、背後霊の護りや導きを信じて、取越苦労や心配、不安などの雑念妄念に心が徐々に支配されなくなり、嵐の中でも神(不動の摂理)に全託した静寂・平穏な精神状態になってくる

 

⇒ そうなると、冷静に苦難や試練を霊的視野(霊の目)から眺め、インスピレーションを受けて苦難の真の意味が解って理解できるようになり、そこから悟りや叡智が得られるようになる

 

⇒ そうなると、苦しみの体験は霊的成長への必須条件ではあるが、ある一定以上に霊性が進化すると、苦難を苦難と感じなくなり、なお且つ、霊的成長もできるようになる

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(2016年3月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第十章 “あらためて基本的真理を”

―私たちの使命―

●日常生活の物的必需品を手に入れることに全エネルギーを注ぎこまねばならないときに、本来の自分とは何か、自分はいったい何者なのか、なぜ地上に生活しているのかといったことを忘れずにいることは困難なことです。P175


●ともすると俗世的な煩わしさの中で見失いがち基本的真理をあらためて思い起こさせてあげることです。P175

 

―車窓の景色―

●あなた方は霊的な目的のためにこの地上に置かれた霊的存在なのです。そのあなた方を悩まし片時も心から離れない悩みごと、大事に思えてならない困った事態も、やがては消えていく泡沫のようなものにすぎません

といって、地上の人間としての責務をおろそかにしてよろしいと言っているのではありません。その物的身体が要求するものを無視しなさいと言っているのではありません。大切なのは正しい平衡感覚、正しい視点をもつこと、そして俗世的な悩みや心配ごとや煩わしさに呑み込まれてしまって自分が神の一部(霊的存在・真我)であること、ミニチュアの形ながら神の属性のすべてを内蔵している事実を忘れないようにすることです。そのことを忘れず、その考えを日常生活に生かすことさえできれば、あなた方を悩ませていることがそれなりに意義をもち、物的、精神的、霊的に必要なものをそこから摂取していくコツを身につけ、一方に気を取られて他方を忘れるということはなくなるはずです。P175


●しかし同時に私は、もしもあなた方がそうしたことに気を取られて霊的なことを忘れ、霊の世界への備えをするチャンスを無駄にして、身につけるべきものも身につけずにこちらへ来られた時に果たしてどういう思いをなされるか、それも分かっているのです。P176

 

―“本当の自分”は霊的存在(真我・霊力)―

●あらゆる困難に打ち克つだけの力(霊=生命力=霊力 11巻P107)が自分の内部に存在することを悟って取越苦労をしなくなり、価値ある住民となることでしょうが、なかなかその辺が分かっていただけないのです。霊の宝(霊的存在・真我)は神の子の一人一人の意識の内部(潜在意識)に隠されているのです。しかし、そうした貴重な宝(霊的存在・真我)の存在に気づく人がなんと少ないことでしょう。P177


●もしも日常生活において決断を迫られた際に、あなた方のすべてが自分が霊的存在であること、大切なのは物的な出来ごとではなくその裏側に秘められた霊的な意味、あなたの本性、永遠の本性(霊的存在)にとっていかなる意味があるかということです。P178

 

―人生の目的―

物的存在物はいつかは朽ち果て、地球を構成するチリの中に吸収されてしまいます。と言うことは物的野心、欲望、富の蓄積は何の意味もないということです。一方あなたという存在は死後も霊的存在として存続します。あなたにとっての本当の富はその本性の中に蓄積されたものであり、あなたの価値はそれ以上のものではなく、それ以下のものでもありません。そのことこそ地上生活において学ぶべき教訓であり、そのことを学んだ人は真の自分(霊的存在・真我)を見出したという意味において賢明なる人間であり、自分を見出したということは神を見出したということになりましょう。

世界を見ておりますと、あれやこれやと大事なことがあって休む間もなくあくせくと走りまわり、血迷い、ヤケになりながら、その一ばん大切なことを忘れ、怠っている人が大勢います。私たちの説く教説の中でもそのことが一ばん大切ではないでしょうか。それが、いったん霊の世界へ行ったものが再び地上へ戻ってくる、その背後に秘められた意味ではないでしょうか。それを悟ることによって生きる喜び――神の子として当然味わうべき生き甲斐を見出してもらいたいという願いがあるのです。
それは、いわゆる宗教あるいは教会、教義、信条の類い、これまで人類を分裂させ戦争と混沌と騒乱を生んできたものより大切です。少しも難しいことではありません。自分という存在の本性(霊的存在・真我)について単純きわまる真理なのです。なのに、それを正しく捉えている人はほんの僅かな人だけで、大方の人間はそれを知らずにおります。P179

 

―時期の来た人―

魂にその準備ができるまでは、それ以上のものは望めないからです。肉体は治った。つづいて魂の方を、ということになるべきところですが、そこから進化という要素が絡んできます。魂がそれを受け入れる段階まで進化してなければ無駄です。P181

 

―瞑想とインスピレーション―

基本的真理にしがみつくのです。迷いの念の侵入を許してはなりません。これだけは間違いのないと確信するものにしがみつき、謎だらけに思えてきた時は、ムキにならずに神の安らぎと力とが宿る魂の奥の間に引き込もることです。そこに漂う静寂と沈黙の中にその時のあなたにとって必要なものを見出されることでしょう。P186

 

―霊界の導きを常に意識する―

常に上を見上げるのです。うつ向いてはなりません。うなだれる必要はどこにもありません。あなたの歩む道に生じることの一つ一つがあなたという存在を構成していくタテ糸でありヨコ糸なのです。これまでにあなたの本性(霊的存在・真我)の中に織り込まれたものはすべて神の用意された図案にしたがって織られていることを確信なさることです。P186

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(2016年2月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第九章 “良心の声”

―良心の声とは―
●“神によって植えつけられた霊性の一部である良心が瞬間的に前面に出て、進むべきコースを指示します
問題は、その指示が出たあとから、それとは別の側面が出しゃばりはじめることです
偏見がそれであり、欲望がそれです。良心の命令を気に食わなく思う人間性があれこれと理屈を言い始め、何かよい解決法があるはずだと言い訳を始め、しばしばそれを正当化してしまいます。しかし、いかに弁明し、いかに知らぬふりをしてみても、良心の声がすでに最も正しい道を指示しております。”P161

 

●“良心は精神的発達とつながっている場合と、つながっていない場合とがあります。
私は良心とは神が与えた霊的監視装置で、各自が進むべき道を適確に指示するものであると主張します。”P162

 

●「一人の人間は正しいと言い、別の人間は間違いだという場合もあるでしょう?」

 

“あります。が、そのいずれの場合においても、自動的に送られてくる良心による最初の指示が本人の魂にとってもっとも正しい判断であると申し上げているのです。問題はその指示を受けたあとで、それに不満を覚え、他にもっとラクで都合のいい方法はないものかと、屁理屈と正当化と弁解をはじめることです。しかしモニターによってすでに最初の正しい指示が出されているのです。”P162

 

―地上人生の意義―
●“潜在している才能が最初に目を出す場であり、それを人生の荒波の中で試してみる場です。そうした奮闘の中ではじめて真の個性が形成されるのです。闘争もなく、反抗もなく、困難もなく、難問もないようでは霊は成長しません。進化しません。奮闘努力が最高の資質、最良の資質、最大の資質、最も深層にある資質を掘り起こすのです。”P166

 

―地球外知的生命体の存在―
●“宇宙には最高界の天使的存在から、意識がようやく明滅する程度の最低の魂にいたるまでの、さまざまな意識的段階にある生命が無数に存在します。意識的生命が地球だけに限られていると思ってはなりません。地球は数限りなく存在する天体のうちの、たった一つにすぎません。 (中略) 有機的生命の存在する天体は無数にあります。ただし、その生命は必ずしもあなたがたが見慣れている形体をとるわけではありません。”P170

 

きらいな人がいない人はいない。(波長の異なる人は苦手である。)

 

1.“良心の問題”と“精神的発達の問題”を区別しなければならない。

 

2.“良心”は“精神的発達”と密接につながっている場合と、つながっていない場合(未熟な霊)とがある。

 

人  間 : 霊、霊の心、霊体、肉体の心、肉体から構成されている。
心の分類 : 物質心、植物心、本能心(動物心)、感覚・感情心、理性心、霊性心

                     ←                →
≪霊性レベルが低いと≫(未熟な霊・・・本能心(エゴ)、感覚・感情心 優位)

 

●自己中心な人ほど、他人を簡単に批判する。
・・・自分の考えが一番正しいと思っているから、他人を批判しやすい。

 

 “良心”を下記によってカムフラージュ(見せかけの良心)している。
間違った前提に立った誤った推理(ドクマ、宗教、教義など)や、偏見、欲望、屁理屈、言い訳によって持論を正当化する。

 

⇒ “良心の問題”ではなく、“精神的発達程度の問題”である。

 

≪霊性レベルが高いと≫(大人の霊・・・理性心、霊性心 優位)

 

●スピリチュアリスト同士は“良心”に基づく考えに立った人が多いが、霊的成長レベルが異なるだけで、どちらも正しいという事がある。

 

⇒ 純粋な「動機」に基づいているから。 例)参戦問題など
   但し、霊的成長レベルが異なるので必ずしも同じ考えになるとは限らない。

 

※波長の違う人は苦手ではあるが、この世は魂の修行場として、人の問題などの地上的闘争をくぐり抜けて霊的に成長しなければならない。(地上人生の意義)
シルバーバーチは教義や考え方は批判しても、人物は決して批判しなかった。
物質世界特有の“波長のあわない苦手な人”を持たない人はいないが、我々は心してシルバーバーチを見習わなければならない。

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(2016年1月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第八章 真理は無限の側面がある

 

通常意識とは別にあなたの魂が切望していたものがありました。あなたの内部で無意識に求めていたものですが、・・・。永い間あなたは何かを成就したい、やり遂げたい、我がものにしたいとう絶え間ない衝動。その心の動乱は実はあなた自身の魂の体質が生んでいたのです。P139
⇒ 時期の来た人というのは、往々にしてこういう精神状態の場合が多い。潜在意識下の本当の自分が本物、“実在の世界”を求めているのでしょう。

 

≪中心的大原理と人生の目的≫

 

●私たちの価値判断は地上とは異なります。私たちは、出来ては消えゆく泡沫のような日々の出来ごとを、物質の目でなく魂の知識で見つめます。P142

 

●いかなる魂をも裏切ることのない中心的大原理すなわち霊の原理にしがみつかれることです。P143

 

●あなたが今こそ学ばねばならない大切な教訓は、霊の存在を人生のすべての拠りどころとすることです。P143

 

●自分を人のために役立てること、これが私たちにとってもっとも大切なのです。P142

 

●地上の大方の人間があくせくとして求めているこの世的財産を手に入れることより、たった一人の人間の魂に生き甲斐を見出させてあげることの方がよほど大切です。P142

 

●あなたがもし魂の内部に完全な平静を保つことができれば、外部にも完全な平静が訪れます。物的世界には自分を傷つけるもの、自分に影響を及ぼすものは何一つ存在しないことを魂が悟れば、事実、この世に克服できない困難は何一つありません。かくして、訪れる一日一日が新しい幸せをもたらしてくれることになります。いかに優れた魂にとっても、そこまで容易に至れるものではないでしょう。P144

 

●①自分が霊的存在であり物的存在ではないこと、②地上生活の目的が霊性の開発と発達にあることをすべての人間が理解すれば、・・・。P146

 

≪動機からどちらも正しいということも有りうる≫

 

●こちらの世界では高級な神霊はまず動機は何かを問います。動機がその行為の指標だからです。P147

 

●何ごとも動機がその人の霊的発達の程度の指標となります。P148

 

≪何一つ心配なさることはありません≫ 実践と信仰

 

あなたは何一つご心配なさることはありません。愛に守られ、行く手にはいつも導きがあるとの知識に満腔の信頼を置いて前進なさることです。
来る日も来る日もこの世的な雑用に追いまくられていると、背後霊の働きがいかに身近なものであるかを実感することは困難でしょう。しかし事実、常にまわりに存在しているのです。あなた一人ぼっちでいることは決してありません。

 

「そのことはよく分かっております。なんとかして取越苦労を克服しようと思っております。」

 

そうです。敵は心配の念だけです。心配と不安、これはぜひとも征服するべき敵です。日々生じる用事の一つ一つにきちんと取り組むことです。するとそれを片づけていく力を授かります。今やあなたは正しい道にしっかりと足を据えられました。何一つ心配なさることはありません。これから進むべき道において必要な導きはちゃんと授かります。私にはあなたの前途に開けゆく道が見えます。もちろん時には暗い影が過ることがあるでしょうが、あくまでも影にすぎません。
私たちは決して地上的な出来ごとに無関心でいるわけではありません。地上の仕事にたずさわっている以上は物的な問題を理解しないでいるわけにはまいりません。現にそう努力しております。しかし、あくまでも霊の問題を優先します。物質は霊の僕であり主人ではありません。霊という必須の要素が生活を規制し支配するようになれば、何ごとが生じても、きっと克服できます。

少しも難しいことは申しておりません。きわめて単純なことなのです。が、単純でありながら、大切な真理なのです。満腔の信頼、決然とした信念、冷静さ、そして自信――こうしたものは霊的知識から生まれるものであり、これさえあれば、日々の生活体験を精神的ならびに霊的成長を促す手段として活用していく条件としては十分です。地上を去ってこちらへお出でになれば、さんざん気を揉んだ事柄が実は何でもないことばかりだったことを知ります。そして本当にためになっているのは霊性を増すことになった苦しい体験であることに気づかれることでしょう。 P154

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(2015年12月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 第六巻 第七章 “難しい質問に答える”

 

―低級霊の見分け方―
●それは霊媒としての修行不足―(中略) 霊媒自身の考えが出しゃばろうとするのを抑えきれないのです。P112
(専属の支配霊としてその程度なのである。ましてや、呼ばれてすぐに身元を明かす霊は徹底的に疑ってかかるべきである。疑われて腹を立てるような霊は相手にしない方がよい。それが霊を見分ける一つの尺度である。近藤千雄氏の注釈)

 

―人生の究極の目的―
人生の究極の目的は、地上にも死後にも、霊性を開発することにあります。物質界に誕生するのもそのためです。その目的に適った地上生活をすれば霊はしかるべき発達を遂げ、次の生活の場に正しく適応できる霊性を身につけた時点で死を迎えます。そのように計画されているのです。P119

 

―邪心にも因果律が働く―
1)人体をみてもその人の送っている邪悪な生活が反映している人をよく見かけます。(出席者の発言)
“当然そうなります。心に思うがままがその人となります。その人の為すことがその人の本性に反映します。死後のいかなる界層においても同じことです。身体は精神の召使ではなかったでしょうか。”P119

2)しかしそれを精神的次元で捉えた場合、嫉妬心、貪欲、恨み、憎しみ といった邪念は身体的な痛みよりも、その行為にいたらせた邪念が当人の霊と精神に及ぼす悪影響の方がはるかに強烈です。(中略)根本において支配しているのは因果律だということです。地上における身体的行為が結果を生むのと同じように、精神的および霊的次元においてそれなりの結果を生むように仕組まれた自然の摂理のことです。邪念を抱いた人が自分の精神または霊に及ぼしている影響は、あなた方には見えません。P121

3)私は憎しみを抱くことはできません。摂理を知っているからです。神は絶対にごまかせないことを知っているからです。誰が何をしようと、その代償はそちらにいる間か、こちらへ来てから支払わされます。いかなる行為、いかなる言葉、いかなる思念も、それが生み出す結果に対してその人が責任を負うことになっており、絶対に免れることはできません。ですから、いかに見すぼらしくても、いやしくても、神の衣をまとっている同胞を憎むということは私にはできません。ですが、不正行為そのものは憎みます。(中略)
そういう人は必ず罰を受けるのです。いつかは自分で自分を罰する時がくるのです。あなたと私の違いは、あなたは物質の目で眺め私は霊の目で眺めている点です。私の目には、いずれ彼らが何世紀もの永い年月にわたって受ける苦しみが見えるのです。暗黒の中で悶え苦しむのです。その中で味わう悔恨の念そのものがその人の悪業にふさわしい罰なのです。P124

 

―私たちは霊といっしょに暮している―
●しかしそのことは、私たちがあなたがた自身の心臓の鼓動と同じくらい身近かな存在であるという事実とはまったく別の問題です。私たちはあなた方が太陽の下を歩くと影が付き添うごとく、イヤそれ以上にあなた方の身近な存在です。私の愛の活動範囲にある人は私たちの世界の霊と霊との関係と同じく親密なものです。P133

 

―霊的真理の実践と信仰― (別紙参照)
21世紀に入って、霊的真理を下す時代から次の段階である“霊的真理の実践と信仰”の時代に入ったと言われておりますが、実践と信仰とは具体的にどのようなことを言っているのでしょうか。以下の霊訓にそのヒントがあります。

●知識の及ばないところは信仰心でもって補いなさいと申し上げているのです。P128

●私はつねづね二つの大切なことを申し上げております。
一つは、知識の及ばない領域に踏み込むときは、その知識を基礎とした上での信仰心に頼りなさいということです。
それからもう一つは、つねに理性を忘れないようにということです。理性による合理的判断力は神からの授かりものです。 (中略) 一見矛盾しているかに思える言説がいろいろとありますが、この合理性もその一つであり、一種のパラドックス(逆説)を含んでおりますが、パラドックスは真理の象徴でもあるのです。P135

(ここでいうパラドックスとは、合理的な判断基準である理性心と、その真逆の信じるという理性を越えた信仰心との相反する心のことです。日常生活で霊的真理を実践するにあたって理性心と信仰心が必要なようです。以下にその具体的な事例をあげます。)

●まして、ふだんの生活における“導き”の問題は簡単には片づけられません。なぜかというと、人間側はその時どきの自分の望みを叶えてくれるのが導きであると思いがちですが、実際には叶えてあげる必要がまったくないものがあるからです。いちばん良い導きは本人の望んでいる通りにしてあげることではなくて、それを無視して放っておくことである場合がしばしばあるのです。この問題は要約して片付けられる性質のものではありません。これには意識の程度の問題、つまり本人の霊的進化の程度と悟りの問題が絡んでいるからです。大変な問題なのです。P132

●ただ、理解しておいていただきたいのは、人間にとって影(不幸)に思えることが私たちから見れば光(幸福)であることがあり、人間にとって光であるように思えることが私たちから見れば影であることがあるということです。人間にとって青天のように見えることが私たちから見れば嵐の予兆であり、人間にとって静けさに思えることが私たちから見れば騒音であり、人間にとって騒音に思えることが私たちから見れば静けさであるものです。
あなた方が実在と思っておられることは私たちにとっては実在ではないのです。お互い同じ宇宙の中に存在しながら、その住んでいる世界は同じではありません。あなた方の思想や視野全体が物的思考形態によって条件づけられ支配されております。霊の目で見ることができないため、つい、現状への不平や不満を口にされます。私はそれを咎める気にはなれません。視野が限られているのですから、やむを得ないと思うのです。あなた方には全視野を眼下におさめることはできないのです。P132

(霊的真理を日常生活で実践するとは、必ずしも利他の行動のみをさすのではなく、霊訓を信じてそのように判断し決心することも立派な実践行為なのです。すなわち信仰もりっぱな霊的真理の実践行為なのです。)

 

別紙・・・“実践と信仰”に関する追加試料

全てシルバーバーチの霊訓 九巻より引用

 

知識が生み出す信仰心を土台とした絶対的な自信です。 P88

 

● 挫けてはいけません。いかなる事態にあっても不安の念をカケラほどでも心に宿すようなことがあってはなりません。今日まで支えてきた力は、これからも決して見棄てるような事はいたしません。絶対に裏切ることはありません。もしもあるとしたら、この宇宙そのものが存在しなくなります。 P89

 

● 迷わずに前進なさることです。今日は今日一日のために生きるのです。そして、過去が霊の導きを証明しているように、未来も間違いなくあなたが志願された使命を全うさせてくれるものと信じることです。 (中略) 勇気をもって前進なさい。 P90

 

● 背負った重荷も、知識から生まれた信仰があれば軽く感じられ、重さが消えてしまうものです。行く手をさえぎる苦難や困難には堂々と立ち向かい、そして克服していくべき挑戦だと思うべきです。きっと克服し、万事がうまく運ぶはずです。
見た目にいかに大きくても、物的な事態によって圧倒されるようなことがあってはなりません。この物質の世界には、その生みの親である霊の力をしのぐものは何一つ存在しないのです。
何ごともきっと克服できます。そして心が明るく弾むことでしょう。万事が落着くべきところに落着きます。
時間は永遠なのです。人間はその永遠の時の流れの中にあって、今という時間、その一瞬を大切に生きていけばよいのです。 P91

 

● 万一やる気を無くすようなことがあったら――人間なら時には意気消沈することがあるものです。――その時はいったん歩みを止めることです。そしてそれまで奇跡ともいえる形でなしとげられてきたことを振り返って、これだけのことが成就されてきたのなら、これから先もきっとうまく行くはずだという認識をもつことです。あなたに要求されるのは、そこまであなたを導いてきた霊力に対する絶対的な忠誠心と自信とをもってあなたの責務を全うすること、それだけです。あなたなりのベストを尽くすことです。あなたの力の範囲内でできるかぎりの努力をなさることです。恐れるものは何一つありません。困難はあります。が、それもきっと克服されます。毎朝が新しい霊的冒険の好機なのです。これはとても大切なことです。 P94

 

地上生活で最も大切なのは霊に関わることです。霊が主導権を握るようになるまでは調和も健康も幸福も生き甲斐も得られません。 P106

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(2015年11月用テキスト)

シルバーバーチの霊訓 8巻6章「婚約者を不慮の事故で失って」

―霊的覚醒へのプロセスの事例― 

ぜひ理解していただきたいのは、大切な知識、偉大な悟りというものは悲しみと苦しみという魂の試練を通してはじめて得られるものだということです。

[事例]・・・婚約者を不慮の事故で失って
⇒ ふとしたきっかけで・・・霊界の導き
⇒ 霊言を読んで心を動かされた。不思議な感動を覚えた。・・・受け入れる時期が来ていた
⇒ さっそくスワッハーを訪ねた・・・自己責任として判断・意志が必要
⇒ 交霊会に出席するチャンスを得た・・・偶然ではなく出席するように手引きされている
⇒ 悲しみのどん底から抜け出ることが出来た・・・霊的覚醒のはじまり

 

―死別についての知識―

死に別れについては、こういうふうに理解なさることです。(シルバーバーチ)

1.われわれ生あるものすべては、まず第一に霊的存在である

霊であるからこそ生きているのです。霊こそ存在の根元なのです。
生きとし生けるものが呼吸し、動き、意識を働かせるのは霊だからこそです。


2
.霊の一部、つまり神の一部が物質に宿り、次の段階の生活にふさわしい力を身につけるために体験を積みます。卒業後の人生に備える学校のようなもの。


3
.物的なものはそのうち色褪せ、朽ち果てますが、霊的なものは永遠であり、いつまでも残り続けます。

死は消滅ではありません。霊が別の世界へ解き放たれるための手段にすぎません。あなたはその肉体ではありません。


4
.あなたという別個の霊的存在があなたを地上で表現していくための手段にすぎません。


5
.死が訪れると個性的所有物(意識、能力、特質、習性、性癖、愛する力などの霊的属性)すべてをたずさえて霊界へ行きます。


6
.あなたが愛する人は、今なお生き続けております


7
.霊界とのコンタクトに必要な条件は、

心の静寂を得ることが出来れば、平静な雰囲気を発散することが出来るように成れば、内的な安らぎを得ることができれば、それが私たちの世界から必要なものをお授けする最高の条件を用意することになります。
受容性、受身の姿勢、これが私たちがあなたに近づくための必須の条件です。

 

“お二人はその大きな真理を我が子の死という大きな悲しみを通して見出さねばなりませんでした。それはまさしく試金石でした。
途方に暮れ、力になってくれるものが誰一人、何一つないかに思えた時に、真の自分を見出させてくれることになった触媒でした。
魂というものは、その奥底まで揺さぶられ、しかも物的なものでは一縷の望みさえつなげない状態下においてのみ目覚めるものであるというのが、基本的な霊的真理なのです。つまり物質界には頼れるものは何一つないとの悟りで芽生えた時に魂が甦り、顕現しはじめるのです。”

シルバーバーチの霊訓(九)P59

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